嘆きの在処

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calling

 魂を揺らしたその声に、恋をした。





 誰にも言ったことはないが、鶴丸国永には前世の記憶がある。前世というよりも、同じ魂がそのまま人の身に宿されたというほうが正しいがそれを転生と一言で表すにはいささか面倒な事情をはらんでいた。
 鶴丸国永の前世は人ではなく太刀の付喪神だった。
 二二〇五年に始まった歴史修正主義者による攻勢に対応するため勧請された刀剣の付喪神たちは、肉の身を纏い、人のように暮らしたが、そのせいで人に近すぎるものになってしまったのだという。そのままでは受け入れられぬと天から提示された条件はふたつだった。

 ひとつは、そのまま人の身にうつること。
 もうひとつは、刀解を受け無に帰すこと。

 刀解をまっさきに諾と受け入れたのは短刀たちのなかでも栗田口吉光の手に依るものたちだった。彼らはもともとがその信仰によってなるところが強く、人にどれだけ近しかろうと異物であると述べた。やはり物語の影響を強く受ける小夜左文字も同意した。逆に信仰のみによってなる今剣はせっかく人の身にあれるのならば兄と弟がほしいと願った。
 もともと人に近いところにあった打刀や太刀はやはり人の身を願うものが多く、神域にあった大太刀は刀解を求めた。槍と薙刀もそれぞれの身の振りを迷った上に決めた。
 鶴丸国永が完全なる人の身に受肉することを請うたのは、今度こそ墓に入ろうと思ったからだった。
 そのせいか、人の世に生まれ落ちてからも己がどのような魂を持っていたのかなどはまるで思い出さぬまま過ごした。
 揺り起こされたのは、音を持たぬはずの耳にその名を呼ぶ声を聞いたからだった。
 それからずっと、鶴丸国永は忘れえぬ声を追いかけている。

§

 生まれ変わった先でその名を口にするのは一度だけと大倶利伽羅は最初から決めていた。
 既にはるか遠い過去に預かるという名目で根こそぎ渡された名を相手が素直に受け取ろうとはしないことはさほど短くはなかった本丸での生活で思い知っていて、かといって預かったまま消えてしまうのも座りが悪く、人の身を選んだ。
 幼いころは体が追いつかずあやふやなことも多かったが、成長するにつれ齟齬は消え、人の身のままでふるえる神のちからの残滓のようなものの使い方も覚えた。しかし生まれる前から保持し続けた付喪神としての個は産み育ててくれた両親とのあいだにどうしても線を引かせ、高校進学を機に家を出た。適度な距離はお互いにとって都合がよく、関係は多少改善した。
 名を寄越した相手を探すかどうかは、人の身を選んだ時からずっと迷っていた。魂が同じであることと、存在そのものが同一であることは似て非なることだ。大倶利伽羅は記憶の欠損もなく、数百年続いてきた刃生の続きとして今を生きているが、相手がそうだとは限らない。だから進学や引っ越しで環境が変わるたびに新たなコミュニティの中に相手がいないかに勝手に怯えて安堵することを繰り返した。
 先送りの代償は、家を離れたまま大学に進学し、どうにか一年を過ぎた頃にやってきた。
 名義を貸していただけのはずのサークルの新歓に引っ張りだされ、連れて行かれた女子大にすこしだけ損なわれているものの、懐かしい魂があった。
 見た目は変わらず美しかったが、どうみても生まれ落ちた性別を違えていた。
 ずっと対面することに怯えていたその理由に大倶利伽羅はようやく向き合わざるを得なかった。
 本来、肉を持たぬ霊体でしかない付喪神にとって名は存在の根幹を支えるもので、離別を嫌がるこどもに遠くから呼んでも届くからという理由だけで預ける呪ではなかった。先の、思いもよらぬ再会の折に、その声で呼ばれるのは楽しみだったとはぐらかされ、悪い気がしないまま持ち続けるものではなかった。
 無意識のうちに零れ落ちた名は音になり、慌てて口をふさいだ時にはもう遅く、大倶利伽羅は起こした事象を目の当たりにする前に踵を返した。

§

 鶴丸国永の耳は彼女に音を運ばなかった。
 うまれたばかりのころから音への反応が薄い我が子を心配した親が病院へと連れて行き、幾つもの検査を経て身体的に異常がないと診断されても、その鼓膜が震えても、それは音として彼女を揺さぶらなかった。生まれた時からの症状であるのに精神的なものではないかと疑われたにも関わらず、鶴丸国永の両親はおおらかに彼女を育てた。生来のものか、環境によるものか少女は多少退屈を嫌いすぎるところこそあるもの両親が危惧したよりもはるかにマイペースに時を過ごした。耳が聴こえないことは彼女にとっては些少であり、世の中にはそれよりも驚くべきことがたくさんあった。
 たまに見る、顔も声も知らぬはずの誰かに大切なたからもののように名前を呼ばれて、自分ではない自分が喜んでいる夢は、聞こえぬはずの音を聞ける大事な夢だった。呼ばれている名はなにひとつおぼえはなかったが、それが自分自身に相違ないことだけはわかっていた。
 その声を間違いなく受け取るために、自分が耳を閉じたのだろうということもいつとはなしに理解していた。
 だから彼女は今日こそはその声が耳に届きますようにと祈る。いつだってだいじに名を呼ぶのに、どこか震えるその声に怯えるなと願う。


 なあ、早くその声で名を呼んでくれ。
 魂を揺らして世界が驚きの音に満ちていると思い出させてくれ。
 今更君を嫌いになんてなりやしないさ。
 どこにいたって会いに行くよ。

くりつるワンドロお題:現パロ/伊達眼鏡
*転生パロ 女体化
*四時間組と虎徹上下未実装本丸
*名前考えるの面倒なので刀剣ままをかぶせてあります
*現パロと転生パロ間違えてたとかそういうことがある
*いれわすれたけど鶴さん伊達眼鏡してるよていだった

  • 2015/04/19 (日)
  • ワンドロ

タグ:[くりつる][現パロ][転生]

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