作品
Piano Talk
本丸には、業務とはまるで関係ないが審神者のためだけの私物を一部屋分だけ持ち込むことができる。これは元はそれぞれの自室をそのまま移設できるようにというものだったらしいのだが、ここの審神者は少しの工事を要請して、全く別のものを持ち込んだ。
♪
そのつややかな黒を鶴丸国永が見つけたのは本丸へと勧請されてからさほど時の経っていない頃だった。馴染みのあるような懐かしさを覚えるようないわゆる「和風建築」のなかで異彩を放つ重い鉄の扉は、思わず開けてしまう迫力を持っていた。
「なんだこれは」
部屋の真ん中に鎮座したその黒い塊は不思議な形をしていた。なめらかな曲線を有したどっしりとした本体を細い足が支えているだけで直立している。恐る恐る近寄ってみてもそれが何をするための物なのかはさっぱりわからない。
ぴかぴかに光る黒は白と金を基調とする鶴丸国永の姿をきれいに映したがやはりものは謎のままだ。そっと人差し指を伸ばして触ってみたら、白い跡がついて慌てて羽織の袖でこすった。
ぐるぐると周りを回ってみた結果、置いてあった椅子に座って向き合うことだけはわかったので、おそるおそる腰掛けてみる。そうすると、その、正面上部に金色の蝶番が付いていることに気づいて、そっと指を伸ばしてから慌てて引っ込めて、袖で指を包んでゆっくりと蓋を持ち上げた。中にも黒いぴかぴかの板があって、その下には金色を基調とした、明らかに何かからくりの中身のようなものが収められている。よくわからないながらもそれが直接触れるものではないことだけはわかって、落としてしまわないように注意しながら存外に重かった蓋を戻す。
「……なんだこれは」
思わずそう呟けば、背後から知った声が噴きだす音が聞こえた。
「大倶利伽羅」
普段はあまりわかりやすい表情を浮かべることのない顔が、珍しく緩んでいる。
「あんたがそれを知らないとは思わなかった」
開け放していた扉を丁寧に閉じてから、大倶利伽羅は座ったままの鶴丸国永の背後までやってきた。
「これはピアノだ」
「ぴあの」
肩越しに降ろされた腕が、無造作によくわからないところを開けた。そこには赤い布が横たわり、下には白と黒の連なりが見える。
「ここが開くのか!」
くるくると赤い布が丸められればその下の白と黒の棒の並びがよく見えた。黒は白の半分ほどの大きさで艶は無いようで、触っても白くはならずに済んだ。
「これはどうするんだ?」
「押したら、音がなる」
ぼそりと頭上から降る声になるほど、となる。そろりと白いところにも触ってみる。
大倶利伽羅は、今度は先程鶴丸国永が一度あけて諦めた蓋をやすやすと開けて、すとんと後ろに倒した。中の黒い板を立てて、更にその背後の大きな蓋も開けた。そちらはなかからつっかえ棒がでてきて鶴丸国永は更に驚いた。
「なあ、押していいのか?」
「ああ」
しかし、意外に重いそれを、ゆるりと押し込めても、かすかに何かが鳴っている音が出ただけだった。背後の大倶利伽羅が何も言わないので、続けて幾つか同じように押してみたがまるで何もならない。
「鳴らないぞ?」
困惑して振り仰げば、古馴染みは本当にめったにないことに笑いを噛み殺しながら震えていた。
「おいおい、どうした」
笑われているのは自分だとはわかっていても、あまりにも珍しい光景にぽかんと見とれてしまう。
「あんたにもわからないことはあるんだな」
「そりゃああるともさ。だが今は俺が知らぬことより、君が知っていることのほうが驚きだ」
「伊達の家を出たあとにいた屋敷に、そこの娘のためにあったんだ」
大倶利伽羅は彼の鼻を摘もうとする鶴丸国永の掌を掴んで、白と黒の羅列の上に載せた。
「強く押さないと意味がない」
掌を重ねたまま押された白は、今度こそぽーんと音がなった。
「鳴った!」
楽しくなって、似たような強さで指を押しこめば、他の棒も次々と鳴らすことができる。
「なあ、これは楽器だろう?」
「ああ」
相変わらず背後にいるままの大倶利伽羅がもう一度、鶴丸国永の肩越しに手を伸ばして、指を動かせばやわらかな音が連なって響く。
「ここをどくからかわってくれ。何か、聞きたい。演奏できるのだろう?」
下から見上げて顔を覗きこめば、そう言われることは予想をつけていたのか大して抵抗もされず、おとなしく立ち位置を変えた。
「何か聞きたいものはあるか?」
「まかせる。なんせ、何もわからないからな」
肩の上に顎を乗せて、大倶利伽羅の手元を覗きこめば邪魔そうに身動ぎをされたが追い払われはせず、しなやかな腕は白と黒の羅列に指を叩きつけるように動き始めた。
そうして奏でられた曲はやはり鶴丸国永の知るものではなかったが、とても楽しくて、これ以上はもう思い出せないと大倶利伽羅が音を上げるまで次の曲を強請り続けた。
- 2015/05/05 (火)
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