作品
甘えぐせ
その朝、五虎退が仔虎の散歩のために歩いていた庭で見かけたのは己より小さな白い影だった。ずるずると真白の羽織を引きずりながら、誰かを探すようにきょろきょろと頭を動かしていて歩みは遅い。それが何なのか思わず見守っていたら、己の分身でもある白い仔虎が駆けて行ってしまい、足元にまとわりつかれたこどもがぺしゃりとこけた。
「わ、すみませんっ。大丈夫?」
慌てて駆け寄って助け起こせば、何が起きたのかよくわかってないのかきょとりと金色の瞳が瞬く。受身もうまく取れなくて顔面から転んだらしく、額と鼻に土が付いている。春先の柔らかい地面でよかったと袖で軽く拭ってやれば、すぐに汚れは落ちた。近くでまじまじと見れば白い髪に金の瞳、という色合いだけではなく、幼いとはいえその容貌にもとても見覚えがある。羽織の下の装束は今剣が着ているものに近かったが、羽織そのものは見慣れた紋もついていた。
「つ、るまるさん?」
「おー?」
名を呼ばれたのがわかるのかわからないのか、ことりと首を傾げる様子はとてもかわいらしいのだが、何が起こっているのかがさっぱりわからない。
「五虎退? なにしてるんだ」
名を呼ばれて振り返ると、仔虎を一匹抱えた兄が立っていて、ほっと息をついた。自分の分身ではあるものの独立性の高い仔虎が勝手に頼りになる兄を呼んできてくれたのだ。
「こ、この子、鶴丸さんみたいなんだけど」
「は?」
厚藤四郎は顔を顰めながらも五虎退の隣に膝をついて白い子供を覗きこんだ。
「名前は? 言えるか?」
「なまえ、つる」
これ、と羽織についている紋を誇らしげにこどもが持ち上げる。
「……本人か」
厚藤四郎も五虎退も、付喪神として存在して長いが、こんな風に内面まで幼くなるような変化を起こす前例は知らなかった。短刀は見た目こそ幼くともこどもとして扱われることはないし、己がこどもと思うこともない。顕現したばかりの付喪神もこれほど幼いこともない。年月の積み重ねが神格を作るがゆえに姿形というのは副次的なものでしかないからだ。
「ねえ、りゅう、どこ?」
目の前にいる二人に害意がないことを察しているのか怯える様子もないこどもが無邪気に尋ねた。ぱたぱたと両手を羽のように動かすと羽織の袖がひらりとゆれて、いっそう鳥のように見える。
「りゅう?」
「あー」
五虎退が首を傾げる隣で、厚藤四郎が鶴丸国永が竜と呼ぶ相手に思い当たって頭を抱えた。
「兄さん?」
「大倶利伽羅呼んできてくれ。まだ三の丸にいるだろ」
朝食のために部屋を出るにはまだ少し早い時間だが、朝の鍛錬をするにも少し遅く、よっぽどのことがなければ在室している頃合いだ。
「はっ、はいっ」
ぱたぱたと弟が駆けていくのを見送ってから、厚藤四郎はちいさい鶴丸国永にもう一度向き直る。
「竜はすぐ来るぜ」
「すぐ?」
「ああ」
普段なら見えもしないつむじがひょこりと動くのが面白くて、わしわしと撫ぜれば力が強かったらしく体ごと左右に揺れたのであわててやめた。
「いたい……」
「悪い」
元は太刀のはずなのに、ほとんど人のこどものようなやわらかさだ。頭を抑えて頬をふくらませるこどもを宥めるように、今度はゆるやかに細い髪を梳けばあっというまに機嫌をなおしたところで、呼んでいた保護者が到着した。
「鶴、おまえまた」
「りゅう!」
ぱっと飛びつくこどもを慣れた手つきで大倶利伽羅が抱え上げる。こどもも心得たもので腕の中でぱたぱたと機嫌よく足を動かした。
「今度は何をやらかしたんだ……」
「さー?」
首を傾げながらもこどもが髪を引っ張ろうとするのを柔らかく止める様子はどう見ても手馴れている。
「また?」
「たまに目標に邁進しすぎて消耗しすぎて、霊体の維持を面倒がって一度作った仮神格被せて寝る時がな……」
まさか人の器でもやらかすとは、と深い溜息が降ってきた。こどもはきゃらきゃらと保護者の体をよじ登ろうとしては阻止されている。
「大変だな……」
弟に鶴丸国永がやらかす騒動について聞いたことはあったが、さすがにこの手のことがあったとは覚えがなく、つまるところ久々に出会えた竜に甘えているのだなとつられて深い溜息をついた。
くりつるワンドロお題:年齢操作
仮神格は再利用されてるので、その仮神格が持ってる記憶は存続してるよっていうのがどうやっても入らなかった そういうことです
- 2015/05/10 (日)
- ワンドロ
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