作品
鳥のそらね
ああ、まただ、と顔を動かさぬまま周囲を探れば、やはりというべきか、いつもの気配がこちらを伺っていた。どこにいても過たずに追いかけてくるのはおそらく常に塞いでいるはずの目で同じものを見ているのだろうと大倶利伽羅は思っている。相手が何に興味を覚えているのかは面と向かって聞いたことはないものの、機を重ねるうちにその先は容易く知れた。とはいえ、気づかれていないと思われているあいだはわざわざ告げる気もない。それは膝の上に遠慮無く頭を預けて来ている男にしても同じことだ。
「どうした?」
僅かな身じろぎに気づいた鶴丸国永がとろりとした眠気を含ませたままの金瞳で見上げてくるのを、倶利伽羅竜が腕に棲む左手で覆う。
「寝てろ」
脅すようにことさら低い声で告げれば掌の下でかすかに頷く気配がして、少し後にくたりと膝にかかる重みがふえた。なんだかんだ彼が戦場で得た昂りを収めてきた後を捕まえたから、自覚薄くても体は疲れているのだ。少しばかり暗闇を作るだけで人の体に引きずられるように眠りに落ちるのは楽でよかった。
完全に力を抜いて無防備に眠る男は本人が自称するように真白ではなく、いつもよりも遥かに多い赤い澱に纏わりつかれている。望んで白しか身に着けぬから名との釣り合いが取れなくて彼の内側から滲み出す色彩は余人には見えないし、平素ならば放置しても問題はない。けれど己らがいるのは紛れもなく戦場で、常ならばかすかに鶴のように見える程度だったはずの赤は敵を斬るたびにふえて、やがて程度を超えて白いところなどなくなるほどに鶴を号に持つ男に纏わりついた。それを、鶴丸国永自身が知覚できれば話はもっと早かったのだ。
深く眠る宿主に赤い澱がゆらめくのに合わせて大倶利伽羅の左腕に棲む竜がぞわりと動く。
「焼け」
左肩に頭を置く竜が皮膚の上を這って指先から現出し、瞬く間に赤い澱を焼き払った。そのままくるりと大倶利伽羅の周りを回って元のように左腕に帰る。
後には真白に戻った男が残ったが、二人分の澱を抱え込む彼が元のように赤に包まれるのはすぐだと知っていて、もう一度探り直した気配が既にないことに深く息をついた。
夜をこめて 鳥の空音は はかるとも 世に逢坂の 関はゆるさじ(清少納言)
燭鶴へのお題は『あーあ、なんて可哀想な君』です。
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- 2015/05/13 (水)
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