作品
目を閉じている間は知らぬこと(n振目とn+1振目)
むかしむかし、とあるところで小さな約束をした。
鶴丸国永は夜中にぱちりと眠りから覚醒するのはあまり好きではなかった。目を開いても閉じてもそこに広がる闇は変わらないからだ。ゆるりと体を起こして暗闇に目を慣らす。室内灯は手の届く範囲にはないことは知っていた。僅かな灯りもない室内のかたちがぼんやりとわかるようになってから掛けられていた夜着を羽織って部屋を出る。
ひやりとした感触が足裏に伝わって身が竦むも目的地はすぐ隣で、静かに襖を開けて踏み入れた畳の感触にほっとした。いつものように少し迷うも、開けたものはそのまま閉じないで部屋の中央に眠る人影にそっと近づいて膝をつく。
目を閉じて横たわる大倶利伽羅の寝息は静かで穏やかだった。人の体を得てよかったと思ったことのうちの一つは、こうして眠りについている時にも相手が存続していることがちゃんと分かることだ。
以前は、わからなかった。あまり起きていることが得意ではなくてふとしたことで眠る自分を怯えた顔で起こすこどもの、その必死さを理解できぬまま約束をした。彼の恐怖の一端を己が担っていたことだけは知っていたからだ。約束の軽い調子に騙されたこどもにあとで散々怒られたけれど、その重さ自体には自分に責があることも知っていたつもりだった。かわいそうにと哀れんだのはまだここより遠い地にいた頃の己以外の何者でもない。
唇から零れ落ちそうになる名前を奥歯を噛んで必死で飲み込む。声に出してしまえば起こしてしまうと知っていた。
——起きてやろうぞ。
かつての己の言葉が身の内に響いて自身を苛む。
——どんなに小さな声でもいい。そなたが呼べば起きてやろうぞ。
その声さえば起きられる、は、その声でなければ起きられぬとは気づかれてはならなかった。
それが今の鶴丸国永の唯一つの縁であるのだとは。
§
大倶利伽羅は暫く枕元に蹲っていた白い影がちゃんと襖を閉めて、寝床に帰っていったことを確認してから目を開いた。真闇の部屋はあまり好きではなく、眠る前に手の届くところに置いた室内灯の明度を絞って明かりをつける。視界にぼんやりと浮かび上がる部屋は自室ではない。互いに殆ど私物のない部屋ではあるが、僅かな光に白く存在を主張する羽織をかけられた衣架のような差異はさすがに存在している。
薄明かりに目を慣らしてから立ち上がって、文机に用意しておいた水差しから一口含む。ぬるい液体が喉を通って落ちていった。先程まで襖が開いていたから部屋の空気は冷え切っていて、薄物の寝着ではいささか寒いが目をさますにはちょうどよかった。
夜中に鶴丸国永がやってくるのはさして珍しいことではない。互いにどちらが先に目覚めるかの違いだけで、目を閉じている間にも隣に相手がいることを確かめざるを得ないのは大倶利伽羅もであった。
人の身を得てから習慣づけられた夜の入浴後、どちらの部屋に集うかの基準をはっきりと決めたことはない。ただなんとなく時間を過ごしてどちらが先に眠れるかを推し量る。我慢比べだとはっきりと言葉にしたことはなかったがやっていることには相違ない。どちらかが明確に勝者になれるならばよかった。だが、実際は先に目を閉じれば開けた時に何もかもが変わるかもしれない恐怖が、後に残されればこのまま静寂に飲み込まれて取り残される恐怖がそれぞれを待っている。眠る部屋をも違えるのは、夜半に目を覚まして寝顔を目の当たりにしたら何も考えられずに相手を起こしてしまうとわかっているからだ。
いっそ肌を合わせて縺れるように眠れてしまえば楽だった。けれど彼我には決して乗り越えられぬ断崖があり、同じであるのに違うと泣けもせず喚けもせずにただ絶望を抱える昔馴染に伸ばしてやれる腕を大倶利伽羅は持ち合わせてはおらず、結果として今がある。
過去の約束は確かに己がしたのに、今の鶴丸国永が待つ声は己ではないという断絶は闇の中では紛れてしまうということを互いに見て見ぬ振りをして、目も耳も口も塞がる時間にすべてを押し込んで朝を待つしかなかった。
くりつるワンドロお題:秘密
n振目とn+1振目
ぼくのかんがえたさいきょうのブラック本丸ネタだった
- 2015/05/17 (日)
- ワンドロ
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