作品
斬り落とされた何かの話
燭台切光忠が、それ、に気づいたのは偶然だった。
刀剣男士たちと審神者が暮らすこの城はどこぞの山城を復元したものとかで、敷地はやたらに広い。慣れぬまま歩き回れば現在位置を見失うことも多く、一時期はわからなくなったら手近な屋根に登れが合い言葉であった時期もあったという。
もともと城暮らしが長く、この城に揃うのが早かった短刀たちはうまく隙間を見つけて気になる植物を植えたり鍛錬場にしていたりと秘密基地が各所にあるのだという。燭台切光忠は城暮らしはさして長くなかったが青葉城の建設に居合わせたこともあって馴染むのは早い方で、暇を持て余しがちな暮らしの中で時間つぶしに散策することにしていた。広大な敷地を特に打ち合わせもなく各々が好き勝手に使っているので思わぬものに出会えることも多いからだ。だから、何かが落ちていると気づいた時にはあちこちに秘密基地を持つ短刀の誰かの持ち物だと思い、無造作に拾い上げてから、それが何かを知った。
「……左、手?」
それはまごうことなく人の体の一部だった。親指と、人差し指、小指の貫けた特徴的な手袋をしているものを燭台切光忠は一振りしか知らない。男としては細身だが、手は相応に骨張り、細くて長い指が不器用に動くさまを見るのを好きだった。
手首の断面は人と寸分違わぬ肉と骨が覗いているが、血が滴る様子は既になく、ただ地面に染み込んだ痕跡だけが残っている。切り口は滑らかで、よく研がれた刃ですっぱりと落とされたのだろうという推測をするまでもなく、この手の持ち主を斬り裂く権利を有するものを知っていた。
手袋に覆われていない指の皮膚は白く、たった今切り落とされたかのような瑞々しさだが、血に濡れた土はとうに乾いていてそれなりに時間が経っていることを思わせる。
しかし、少なくともここ数日の彼にはちゃんと左手がついていたし、手入れ部屋に入ってもいなかったはずだ。
そもそも、こんな風に本体から離れた状態で形を保っているということ自体がおかしい。人の体を得ているとはいえ、本質的には実体を持たぬ付喪神である刀剣男士は衣服や従属する獣を己の霊力で作り出している。戦闘でどれだけ衣服が破け汚れようとも手入れ部屋で本体の修復が終われば全て元通りになるのは霊力が万全になって細かいところまで気が満ちるからだ。それは、反面、本体からの霊力の供給がなければ形を取らなくなることと同義だった。例えば山姥切国広の被る布を剥ぎ取って一定距離を取ると布は霧散し、新たに再構成された布が彼の頭に戻る。ただし、この距離は各々の霊力量や、仮託する相手がいるかどうかで変化する。布を山姥切国広自身の意志で誰かに預けるような場合は、相手が持っていることを山姥切国広が忘れない限りは独立してあり続ける。
ただ、この手首はどう贔屓目に見てもここに「落ちて」いた。
元来の持ち主から離されても霊力が注がれ続けているのは、その強さにあるのか、落ちたことを忘れてはいないのか、そのどちらも可能性としてはなくはない。ただ、拾い上げても霧散しなかったところを見ると、どちらかと言えば前者なのだろう。
拾ったものの処遇は悩んだが手巾に包んでとりあえず自室に持ち帰ることにした。
刀剣男士の数が少ない頃には全員が本丸で起居していたのだが、増えるにつれて自然と本丸、二の丸、三の丸に分散した。燭台切光忠の部屋も三の丸の一角にある。本丸から最も離れた建物には主に太刀と大太刀、槍と薙刀が起居している。本丸には主に侍るように短刀が、二の丸には脇差と打刀がそれぞれ住まう。外壁に門のないここに何者かが攻め入ることはないとわかっていてもそのように布陣を固めてしまうのは性なのだろうと特に打ち合わせもなく綺麗に別れたのを自嘲したのが誰だったか燭台切光忠は覚えていないが、異論もなかった。
昼下がりの暇を持て余す時分に三の丸に篭もるものは他にはなく、誰ともすれ違うことなく帰還する。見咎められぬよう大事に抱えてきたものをそっと宝物のように手巾ごと部屋の隅に据えてある長持のうえに置いた。
§
鶴丸国永は手袋越しに左手を撫ぜる感触にふと体の動きをとめた。その脇を際どい距離で黒い風が吹き抜けていく。
「鶴?」
相手が殺気を解消したことに気づいて右腕を持っていこうとしていた切っ先を瞬時に逸らしてのける大倶利伽羅の技量に感嘆しながらも、鶴丸国永はひらりと左手を振った。
「誰かが拾ったようだ」
何を、と言うまでもなく、それを斬り飛ばした当事者はいわんとすることを理解した。
「残ってたのか」
「そのようだ。しぶといものだな」
いつだったかと大倶利伽羅に問うても、やはり首を傾げられる。手合わせと言うにはあまりに物騒な結果になることの多い二振りの試合は他のものたちからの懇願で人目のないところで行うようにしているのだが、手も腕も足も落とすのは互いにあまりにも日常過ぎて記憶しきれないのだ。できるだけ拾うようにはしているが、たまに変なふうに飛んでしまって見つけきれない時がある。見つからずとも、審神者に願い出て手入れしてもらえれば多少欠損していても元に戻るということがわかってからは扱いが粗雑になったのは確かで、鶴丸国永の左手首もそういったもののうちの一つだし、おぼろげな記憶でも、あと二つ三つは見つからなかった部位があるはずであることは覚えている。とはいえ、それを公言して叱責されるのは本意ではなく、示し合わせたわけではないが口はつぐんでいた。そもそも目につくところにあれば拾っているのだから、気づくものもいないだろうと放置していたのだ。
「どうするんだ?」
「さてな」
笑って左手を口元に寄せれば、呆れたような溜息を大倶利伽羅がこぼした。
「あまりいじめてやるなよ」
そろりと左手に触れる感触が誰からのものか、鶴丸国永は知っている。
だんごさん誕生日おめでとう!でした
- 2015/04/10 (金)
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