作品
都鳥
あれは虚だと昔馴染みが言った。
しかし顔の険しさほど口調は冷えておらず、そこに二振りの間にある年月を慮る。
僕が羨む気配に気づいたのだろう彼は、それでも僅かに顔をしかめるだけでそれ以上は咎めようとしなかった。
ほろほろと溢れるその色彩に気づいたのはたまたまだった。
僕が人の形をとった時から眼帯の下に隠している瞳について面白がった主がいくつかの検査を僕に求めた結果わかったことは、いわゆる光に反応しないということだった。つまり、ひとの世界を見るための機能が備わっていない。
けれど、僕は左目を隠していてもものをみることができる。左目を合わせた時よりはうんと色の褪せた暗闇になりきれない暗闇のようなぼんやりとした世界が僕は結構好きだ。ただ、眼帯もふくめて僕として顕現している以上、あまり外したままでいるのも何かに影響が出てはいけないと面白がったわりに真面目に諭してきた主に免じて普段はおとなしく左目だけで人の世界を享受している。
それでもたまに、一度目にしたあの茫洋とした世界を見たくなって人のいない時間帯にそっと眼帯を外して垣間見るのが小さな楽しみのひとつだった。早朝の冷えた空気のなかに広がる曖昧な世界は、まだ確固たる意識がない頃を思い出させる。
ある日、廊下にこぼれていた赤色はその闇では異様でしかなかった。恐る恐る近づけば風圧ですぐに散るのに少し経てば元のように赤が凝る。拾い集めようにもそれは手をすり抜け、辿って着いた部屋は白しか身に纏わぬ太刀の居室で、よく見れば障子の隙間からもほろほろと赤が溢れてきている。
彼についての話を共通の昔馴染みに聞いたのはその後で、相反する色彩を身の裡に詰め込む彼の、その中が虚であるはずがないとこの時の僕はなぜか思っていた。
燭鶴ワンドロお題::ゼロ
名にしおはばいざ言問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと(在原業平)
鳥のそらねとぼんやり同じ話
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- 2015/05/25 (月)
- ワンドロ
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