嘆きの在処

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バラッド

 ふと毛を逆立てた猫のような所作で部屋の隅に寝転がっていた鶴丸国永が起き上がったかと思えば、そのまま滅多に開けることのない隣室に面した襖をひらいて向こうの部屋へと消えた。針仕事をしているのだから近づくなと遠ざけたのは大倶利伽羅ではあったが、離れていても唐突な所作には驚く。追いかけて問いただすのは簡単だが、彼には彼なりの行動規範があることも、説明もせずにわざわざ自分から離れて行くような時には時間の猶予があまりないことも知っていた。横になるときに脱いでいた羽織がそのまま床に落ちているのを隠してやるべきかと悩む猶予もない。
「鶴さ……ん?」
 鶴丸国永が姿を隠してから殆ど間髪を容れないで、開け放したままだった回廊に面した襖から顔をのぞかせたのは案の定、燭台切光忠であった。
「大倶利伽羅? なんでここに」
 戸惑いにあふれた声音に内心で首を傾げてからようやく、今の己がいる部屋がどちらだったかを思い出す。だから羽織を置いていったのかと得心はするが、逃げ方の雑さに溜息の一つもこぼしたくなった。調度品の共有こそはしていないものの、自室とこの部屋の差異はほぼなく、裁縫箱のような小物はしょっちゅう行き来している。だからこそあいだの襖をなるべく使わないようにしようと決めていた。そうでなければあっというまに易きに流れてもっと簡単に混ざってしまうことがわかりきっていた。
「たまに頼まれる」
 そう告げて、膝の上に広げていたものを示せば少しためらった後に律儀に一礼してスリッパを脱いで部屋へと入ってきた。
「刺子、かい?」
「ああ」
 それは以前、奥州に共にいた頃に長い冬の間の女たちの手仕事のひとつとしてよく行われていた。いまよりも妖異を目にしても驚かずに受け入れるものも多く、興味津々で手元を覗き込む鶴丸国永とそれに付き添う大倶利伽羅に面白がって針をもたせるものまでいたせいでいつの間にか針仕事ができるようになった。その恩返しというわけではないが、見えるものが減った後もこっそりと針仕事を手伝ったものだ。
 同じように教えてもらったはずの鶴丸国永も技術的には出来るのだが、刺子や刺繍のような時間がかかるものには根気が続かなく、途中で放り出しては残りをやってくれと大倶利伽羅に持ってくるので、何度目かに持ち込まれたときにもう最初から頼めばやってやると口を出した。その頃の名残で、今も普段使うものに名を書き込む代わりに刺繍を刺してくれとたびたび布と糸を渡されるし、今のように布巾の補強にと刺子を頼まれることもある。かわりに、繕い物など時間をかけずともできるようなものは概ね鶴丸国永が引き受けていく。
「器用なものだね」
「根気があればできる」
 言外に籠めた意を正確に受け取ったのか、燭台切光忠が喉の奥で笑う。
「なるほど、僕もやってみようかな」
 それには肩を竦めることで返答に変えた。そうしたところで鶴丸国永の関心を買えるわけではないとわかっているのにまめなことだとは思う。とにもかくにも何事にも等しく興味を持たないあの太刀に「逃げる」という選択をさせているその特異さに、己で気づかぬうちはこれが続くのだということには少しばかりうんざりする。
「何か、用があったんじゃないのか」
「特にはないよ。ここに来て結構経つけど、三の丸のこちらには足を踏み入れたことはなかったなって思っただけ」
「そうか」
 太刀、大太刀、槍、薙刀の起居する三の丸はこの山城の中では一番広い建物で、大倶利伽羅も足を踏み入れたことがない場所は確かにある。ましてや、出入り口に近いあたりに部屋を持つ燭台切光忠であればなおさらだろうということはわかる。
 大倶利伽羅が奥まった場所に居室を選んだのは、まだ本丸御殿にいたころに他の気配があるといまいちうまく寝付けなかった経験からであり、鶴丸国永がその隣を選んだのは大倶利伽羅がいたからだ。実のところ、互いに隣同士さえ確保してしまえばどこに配置されようと関係はなかったのだが、二の丸、三の丸も使うと決まった時にはまだ大倶利伽羅は鶴丸国永が陣営に顕現するかもしれないことも知らなかった。
 再会は互いにとって不意打ちで、予め知っていればもう少し取り繕えたはずだったが、もう過ぎたことでもある。
「よく考えたら、大倶利伽羅の部屋も行ったことないや」
 ぽつりと頭上からこぼれてきた言葉はどこか途方に暮れているようにも聞こえたが、最初からそちらを口実にすればいいのにとは大倶利伽羅は言ってやらない。燭台切光忠が気付いていないわけがないからだ。長い時間を共にした余波でどこか切り離し難く癒着しているところがある大倶利伽羅と鶴丸国永を、あくまで別個のものだと言葉にせずとも扱う古馴染みには感謝はしていた。
 膝上に広げていた白い布とむら染めされた紫色の糸を手早くまとめて裁縫箱へとしまう。今日はもうこれ以上、針仕事を続けても縫い目は歪んでしまうだろうと思ったからだ。
 出来上がったものを容赦なく使い潰すわりに、仕上がりにうるさいのは鶴丸国永である。以前は手を貸すことがあっても人のためでしかなかったものを、己で使うことに楽しみを覚えているのだ。顕現後に与えられた日用品にも目を輝かせていた。
「そう珍しいものがあるわけではないが、見ていくか?」
 部屋の主がいないまま二振りでここに居続けることを大倶利伽羅が気にしなくても、そのうち燭台切光忠が戸惑い始めるだろうことは予測がつく。隣に逃げこんだ太刀は後で拗ねるかもしれないが、そもそも逃げるから追いかけてくるのだということを鶴丸国永もいい加減に気づくべきだ。
「いや、遠慮するよ。今日は手土産も持ってないしね」
 また改めてと笑って黒い手袋をはめた掌がひらりと翻る。
「そうか」
「お邪魔しました」
 近づいてくるときは聞こえては来なかったスリッパの音を送って、大倶利伽羅はその場に寝転がって先ほどまで鶴丸国永がしていたように床に耳をつける。
 躊躇いなく去っていく足音にまたが存在しないだろうことは知っていた。

高村さんからの「倶利伽羅と光忠が鶴丸について話してるとこ見てみたい」
http://twitter.com/takamura0x0/status/603177293414944770

タイトル、スカボロー・フェアと悩んだし意外なほど大倶利伽羅と鶴丸国永が精神的に癒着してた。
そのうち燭鶴。まだやってない。

  • 2015/05/31 (日)
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タグ:[燭鶴]

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