作品
空腹
ぎゅるり、と腹の中で何かが音を立てた。
いや、それが何かなどという曖昧なものではなく、今自分が有している人の体の腹の中に収められている内蔵のうちのひとつが収縮して立てる音だということは鶴丸国永は知っている。審神者に勧請され、重みもある人の体を得てまずしたことは、実際に体を振り回すことと、仕組みを調べることだった。先に顕現していた古馴染みの一振りである大倶利伽羅をいろいろなことに付きあわせて動けるだけあれこれを試し、審神者が誂えた書庫でどれ位この体が本来の人の体と違えているのかを調べた。
だから、いま腹が立てた音がどういう時に鳴るものなのかは知っていた。
「燭台切、腹が減ったようだ」
登っていた樹から飛び降りれば、下で二種類の地図を見比べていた同行刀が顔を上げた。
「あなたは今、何をしに樹に登っていたんでしたっけ」
鶴丸国永のものよりやや赤みがかった金色の瞳がかすかに眇められる。隙あらば横道にそれてみようとする鶴丸国永とは裏腹に燭台切光忠は突発的な事項をあまり好いていない。平坦な道を真っ直ぐ歩く趣味のない鶴丸国永には理解し難いが、それゆえに二振りで組まされることがあることはわかっていた。今の陣営で、鶴丸国永があちこちにふらふらしようとも面と向かって止めようとするものは、殆どおらず、そのなかでもちゃんと力で止めることが出来るものはほとんどいないからだ。
融通が効かないな、とは言わずにおとなしく男の手元を覗きこんだ。
「地形なら見えた。今はここでここだ」
広げた地図の片方に、取り出した筆記具であれこれと書き足していく。歴史修正主義者との争いに生産性は一切ない。いつも後手に回るしかなく、どれだけ敵を倒したと思ってもその時空には傷がついたように何度でも敵が湧く。
その状況に誰よりも先に飽きたのは現地へとは直接は赴けない審神者だった。
「そろそろこれも作り終わるな」
いつもいつも同じ所を通り同じ敵に斬りかかるその仕組はもうどうしようもないが、せめてもの効率化をはかろうと少し前から、過去に赴いた先で刀剣男士たちは地図を作っている。
「これで楽になるんですかね」
「さてな。驚きがなくなって余計に飽くのではないか」
そうしていつ終わるとも知れぬ戦いという名の退屈に身を浸しながら、付喪神たちの仮初の体はゆっくりと人に近づいていく。
それを良しとするか悪しとするかはいまだに決めかねている鶴丸国永の腹は、もう一度ぎゅるりと音を立てた。
燭鶴ワンドロお題:目覚め
空腹を覚えるなどまるで人のようではないか
- 2015/06/01 (月)
- ワンドロ
タグ:[燭鶴]