作品
空腹のそのあと
大倶利伽羅が書庫の床に座って本を開いていたら、戦装束のままの鶴丸国永がやってきて立てた膝と腹の間に頭を突っ込んで横に転がった。草摺も外していないし、脚絆も解いていない状態でまっすぐやってくるなど珍しいにも程がある。ぐいぐいと左右に揺れる白い頭をおとなしくしろという代わりに撫ぜてやれば、やがて駄々をこねるような動作はとまって、手袋をつけたままの手がぱたぱたと床を叩く。
「……せまい」
無理矢理潜り込むからだ、とは返さずに腿にかかかる重みを軽減するために頭をのせられた方の足を均せば白い固まりがうごうごと乗り上げてきて、腹に腕が巻き付いてきた。それからしばらく落ち着きなくごそごそとしていたものの、最終的に仰向けになって腹に耳をつける格好で落ち着いたようだ。だが、その状態でもどうにか腕を胴にまわそうとしているのでひどく珍妙に見えるし、寝づらそうにしか見えなかった。
「どうした」
鶴丸国永が突拍子もないことをやり始めるのはさして珍しいことではない。その理由を大倶利伽羅が聞く時と聞かない時の違いはさしてなく、問うたところで答えが帰ってくる確率も半々で、問わずとも語られることもあるし、あくまで沈黙を貫くときもある。
今は何をいう気もないようで鶴丸国永は眉間にしわを寄せて目を瞑っていた。いつも賑やかなようでいても、機嫌自体はほとんど平坦な鶴丸国永のその様子は稀有で、思わずまじまじと様子を観察してしまう。遠征に出ていたことは知っていた。だが、大倶利伽羅が知っているのはそこまでだ。ぎゅうと目を瞑ってやり過ごさねばならぬほどの何かがあったのだろうという推測が建てられるだけで、真偽まではわからない。おそらくは人の腹に耳をつけて体が立てる音を聞こうと耳を澄ませながら、顔をしかめる理由を鶴丸国永自身もわかってはいない。
やがて、ふっと気をゆるめた膝上の白鶴がぱちりと目を開けたところで目線があい、不思議そうに淡い金色が瞬く。
「どうした」
鶴丸国永がすべてを語らないように、大倶利伽羅もまたすべてを詳らかない。
「さあな」
ひとつ息を吐いてずっと開いたままであった本に目を戻せば、それ以上の追求はなく、膝上からはやがて穏やかな寝息が響き始めた。
「なあなあ腹が鳴ったぞ聞いてくれ!」っていう話になるはずだった。
もはやなにがなんだか。
これの直後。
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- 2015/06/02 (火)
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