作品
おやつのはなし
その日、いつものように茶菓子を乗せた盆を片手に鶴の部屋を訪うと、珍しくも若い竜のほうが床に転がっていた。胡座をかいて針仕事をしている鶴の背後にぴたりとくっついているからか、普段なら敏感だろう他の気配にまるで気づく風がない。
「よう」
手を止めてこちらを見た鶴がそのまま背後の竜を起こそうとしたので気にするなと止める。
「珍しいな」
動く様子のない鶴には期待せずに部屋の隅に寄せてある文机の上に盆を乗せて二振りのそばへと寄せた。
「ああ。針仕事をするなら膝に乗るなといつも怒るのはこいつなんだが、俺が言ったら拗ねてな。仕方ないのでおやつをやろうと思っていたから起こしていいか?」
「そういう事情なら構わんが、そうか、拗ねているのか」
誰かが来た気配にも気付かず寝ているのなら何かあったのではと思ったのだが、そうでないのなら何よりだ。
「大倶利伽羅、おやつがきたぞ」
針を全部丁寧にしまってから乱暴に背後の竜を揺さぶる鶴を尻目に、俺は持ってきた湯瓶から急須へと湯を注いで茶を入れる。入れてから持ってくればいいのにと鶴にはよく言われるのだが入れてのほうが美味いから仕方がない。今日の菓子は蒸しパンだ。作るのが簡単だとかでここではよく出る。あと混ぜ物を変えやすいとかでいろんな味になるのだ。今日はさつまいもがとれたとかで、サイコロ状に切った芋が混ぜ込んである。
「……おわったのか?」
「だいたいな」
のっそりと起き上がった竜が寝ぼけたまま背後から鶴に抱きついて、肩に顎をのせた。何とはなしにまだ目が閉じていて、眠いのだろうと容易く推測ができる。本当に珍しいことだと眺めていれば、無言で鶴に手を差し出されたので蒸しパンを一つ、底に張り付いてる紙を剥がして乗せてやった。
おとなの拳大ほどのそれを、ひとくちの大きさにちぎっては肩越し竜の口に運ぶさまは親子のようにも見える。あっという間に一つ目が消えたので、二つ目も同じようにして渡せばやはりひとくちずつ与えていたのがかわったのは、半分ほどになった時だった。ふと、竜が手を伸ばして鶴の掌から残りを掬うと、今度はそれをひとくちにちぎって鶴に食べさせはじめたのだ。
おやつをやると言っていたはずの鶴は抵抗もせずに蒸しパンを咀嚼している。そうするうちに食べさせ終えた竜は先程追い出されたという膝の上に頭を乗せて再び眼を閉じた。
「あ、こら、手も拭かないで」
みたび差し出された手に蒸しパンにかぶせてきた布巾を置いてやれば、鶴はまず竜の指をぬぐってから己の指をぬぐう。
「すまんな、助かった」
返された布巾は盆に戻す。
「細かいことは気にするな」
ピアノ本丸、四百四病の外、のあとの話になっちゃいそうだったのでもうぶった切った……。
光忠さんの出番がいつまでもない。
- 2015/09/04 (金)
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