作品
道化師の涙は乾かない
来るかわからない明日のための約束など結ぶ日が来ると思ったことはなかった。
己の分身とも言える刀の手入れをするタイミングにはいつも気を使う。行っている間はよくも悪くも無防備にならざるを得ず、いかなることがおころうとも動くことができなくなるからだ。
だから、その日、窓の外で起こった騒ぎを大倶利伽羅は後で聞いた。久々の「捕物」の告知と、その対象について知ってしまえば無視はできず、最低限の支度だけ整えて、先払いした宿賃が残る宿を飛び出した。
§
文字通り、世界が《森》に飲み込まれてからどれ位の年月が経ったのかを大倶利伽羅は覚えていない。引き金を引いた張本人ともどれぐらい会っていないのかも数えることはとうにやめてしまった。それでも、いつの日か「今日」が来ることだけは知っていたのはそういうシステムにしたのだと大倶利伽羅は本人から直に聞いたからだった。
後を追ううちに見つけた徹底的に消された痕跡ともいえない痕跡は大倶利伽羅の目にはあまりにもはっきりうつりすぎて追跡は容易く、懐かしい白い男に追いついたのは、宿を飛び出してから一週間経つか経たないかの頃合いだった。
体の殆どを鉄に置き換えられた《刀剣男士》である己の姿が別れた時から何一つ変わらないように、白い姿の賞金首――鶴丸国永も何一つ変わっていなかった。襟足だけ長く伸ばした白い髪も、やわらかな色合いの金の瞳も、ふわりとした白い羽織に包まれた長身も、油断なく柄にかかった骨ばった手の大きさも何もかもが知っているままだ。ただひたすらに消耗されていくだけだった戦のなかで幾度も壊れ作りなおされたうち、戦の終わりに立っていた最後の一振りがお互いだ。
それまで何度も死出の道行を見送り、再生された義体に「ひとつまえ」との違和感を飲み込んだことは、一度見聞きしたことは二度と忘れることが出来ないように脳に埋め込まれたチップのおかげでいつでも鮮やかについ先程のことのように思い出せる。大倶利伽羅の中で過去は順序良くは並んでいてはくれない。
「そうか、俺の名は功に足るか」
艶のある声が鼓膜をくすぐり、言葉の意味を脳が理解するとともにかっと頭蓋の内側に火がともったように目眩がした。
挑発にそんなわけじゃないと啖呵を切れなかったのはただひたすら森を抜けてきた一週間で、考えなかったといえば嘘になるからだ。
「――逃げたら追って手足を折れと厳しくしつけられたものでな」
柄から手を離さぬ相手を謗れぬのは、己もやはり対峙してからずっといつでも刀を抜けるように柄に手をかけていたからに他ならない。
「はっはあ。随分と苛烈な教えだな」
口の端が行儀悪く歪んで釣り上がると、丹精なもとの造作からは驚くほど柄が悪く見える。
「俺もよく折られたものだ」
いいざま抜き放った刃はがきっと音を立てて容易く止められた。もとより一撃で決まるとも思っていない。ふつりと沸き立つ身内の血流に忠実に次の一手をくりだした。
§
森に覆われた世界にはあちこち人に《世界樹》と呼ばれる大樹がそびえている。その近くにはなぜか人を喰う凶暴な獣が住み着きやすく人はあまり近寄らない。気にせず近寄るものは、獣を噂だと思い込んだ人か、真実を知らされている《刀剣男士》だけだ。
大樹は事情を知る《刀剣男士》からはただ《塔》と呼ばれている。人よりも遥かに長く生きる体は、ただ食事をして適度な休憩を取るだけで済む人と違って、長く持たせるためにはとても手間がかかる。《塔》は大樹に擬態されたそのための技術が詰まった施設なのだ。
戦のために創りだされた《刀剣男士》が、戦が終わった後もこうして長らえているのは偏に戦の終焉が人の意図しないところでもたらされたからで、それはとある地方の一人の人間と、その配下にいた《刀剣男士》たちによって計画された。《刀剣男士》を道具として扱う側の人間でありながらいつ終わるとも知れぬ戦に疲弊した人間が提案したとも、つよいものたちがそろっていたおかげで破壊による交代が少なく老獪に熟した《刀剣男士》がそそのかしたとも言われている。そのどちらもが正しくて、どちらもが間違っているのだと、その中核にいた大倶利伽羅はよく知っていた。
しかし、適度に手入れをされなければ朽ちていくだけの《刀剣男士》の維持を主張したのは人のほうであったことだけは確かだ。かの地にいたものたちは納得づくであっても、他の陣営でわけも分からず放り出される者たちを放置できないと言いはる人に折れたのは配下たちのほうだった。
しかし、それは文明そのものを壊す意図で仕組まれた《プランツプロジェクト》には確かにそぐわぬもので、施設は大樹へと擬態されることとなり、その機能の維持には常駐する《刀剣男士》が必要となった。
そのシステムに寿命があることは一部の《刀剣男士》の間では周知の事実だった。《塔》の管理を務める《刀剣男士》はほかよりも長らえるが、同時に、限界が来た時に次の器へと移ることが出来ない。戦時中は少しでも駄目になったら脳のチップを取り出して、予め作られた次代へと体を変えることが当然だった。いまも、メンテナンスの最終段階はそれだ。今は怪我は直せるだけは直すが、どうやっても百年と少ししか持たない脳が限界に来たときだけは以前のように体を乗り換えることが許されている。
管理者がそれをなせないのは《塔》に常駐しそのシステムとリンクし続けることでチップがどうしようもなく摩耗するがゆえだ。最初からそういう風に《塔》のシステムは作られた。《刀剣男士》が存続する限りは《塔》の管理者は代替わりしていくがやがて交代していくうちに、《刀剣男士》がいなくなる仕組みだ。《森》が広がる世界で人間だけが残るように意図した結果である。
最初はごく限られたものしか知らなかったその仕組みは、時を経るごとに知るものが増え、ランダムに先任者から指名される次代の管理者はやがて、知ってなお諾と従うものと、徹底的に反抗して逃げるものにわかれるようになった。賞金首のシステムは、逃げる《刀剣男士》を効率良く捕まえるところから始まった。期間を区切ってていよく捕縛をなした《刀剣男士》は、次回の指名を一度だけ逃れることもできるようになってからは、指名者が「逃げる」のは様式美の一つと、なった。
§
「まさか罠が仕掛けてあるとは驚きだな」
ははっとガラス繊維を編みこんで容易くは切れぬ糸で編んだ網に囚われた鶴丸国永は笑った。
告知が出た時に真っ先に思ったのは、たった今己をとらえた男に再び見えることができるだろうかということだった。柄から手を離して、近寄ってきた馴染みに伸ばそうとするもよくよく絡みついた網がようようと動くことを許してはくれない。
襟足の片側だけを伸ばした先だけ鮮やかな赤い髪も、やや冴えて見える金色の瞳も、かっちりとした黒い詰め襟につつまれた身体も、油断せずに刀を構えたまま近づいてくる慎重さも何もかもが知っているままだ。
その情景は、別れた時に思い描いた《明日》そのもので、やがて訪れるだろう衝撃を、ただ、待った。
スチームパンクパロ。
本編はいずれかきたい。
話が終わった後は二人で《塔》で暮らしながらミツっていうなまえの犬をかうようになります。
じんわり謎の燭一とおなじせかい。
タイトルはからくるさんよりいただきました
https://twitter.com/krkrtoken/status/630727013154729985
- 2015/11/03 (火)
- その他
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