作品
something sweet
今日も、鶴丸国永が厨の入り口でおとなしく膝を抱えて菓子が出来上がるのを待っている。
以前から、不定期に何か作ってくれと頼んできては、与えられるのを待っている様は従順な犬のようだと燭台切光忠は思っていた。
調理しながら話しかけるのはいまいち気が進まず、それでもなんとか会話をしようと試みたこともあったのだが、最初の一回で酷く怒らせてしまったことがある身としてはその原因が判明した今であってもなかなか次を頑張ろうとも思えない。頼みごとをしてくる鶴丸国永のほうからことさらに話しかけられることもないからなおさらだ。
頼んでくるときの彼はなぜか叱られる一歩手前のような顔で、けれどそれができるだけ見えないように少し顎を引いて、わかりやすいあざとさでこちらにかかってくる。
そんなふうにサービスをしなくても他の刀に頼まれてもそうするように、作ってあげるのにと思っても言わないのは、承諾したあとに出来上がるのを彼が待っている間の沈黙を心地良いとは感じないからだ。
厨の入り口で膝を抱えて目を閉じて一切を遮断しているようでいるのに、作り終えて声をかける前には立ち上がって「ありがとう」と頭を下げる。どれだけ時間がかかる菓子で、途中で燭台切光忠が席を外してもじっと厨に居続けたうえで、だ。あらかじめ、出来上がったら冷蔵庫やオーブンから勝手に持って行ってと告げておいても、手を付けることをしない。盛り付けを整えてさあどうぞと言う手前にならないと鶴丸国永は動かない。
一度、それがどうしても気に障って、数日放置した時も彼は微動だにしなかった。その時は流石に次はあるまいと思ったのだが、割合にすぐにいつものように手順を印刷したプラスチックペーパーを差し出してきた。
それからは、もう、どうして彼がそうも己に菓子作りを頼んでくるのかを考えることをやめた。
ただ、ご利用ありがとうございます、と心のなかで告げて、皿を受け取ったその場で一口だけかじってはひどく幸せそうな顔になる鶴丸国永を眺めることにしている。
対価はもう、それで十分だった。
***
今日も、燭台切光忠が厨の中で甘くて美味しいものを作っている。
人の身を得てしばらくは食事をすることに対して鶴丸国永は何の興味もわかなかった。今はもう亡い一人目の主が食事という行為に対してまるでやる気を見せなかったからだ。
少しして、埃だらけの厨を燭台切光忠がぴかぴかに磨き上げて、主に食べさせるための食事当番を設置しても、加わったのは一度だけで、二度目はなかった。人の体のようでいて少し違う刀剣男士の体は、食事をせずとも維持が可能で必然性がない分、鶴丸国永にとって楽しみを見いだせなかったのだ。
それが変化したのは、大倶利伽羅が食事当番を忌避する様子がまったく無いことをしったことがきっかけだった。
もともとの理由は聞いていた。かの刀の以前の主が人にとって食事はとても大事なものだという信念を持っていたのでずっと興味があったのだという。だが、そのうち燭台切光忠のつくる料理を褒めるようになった。彼の「悪くない」は「とてもいい」だ。
それで、仙台にいた頃、暇を持て余して入り浸った先には厨もあったが、当時は「食べる」事はできず、ゆえに「食事」ができるのだときいたときに密かにとても楽しみにしていたことを思い出した。実際に口に含んだ時、味が感じ取れずにがっかりしたことも。
何を食べてもわからないのならせめて、人が美味しいと感じる時を真似してみようと考えた。
色んな物を読んでみて、気になったものを作ってもらうことにしたのだ。最初は大倶利伽羅に頼もうとしたら厨は燭台切光忠のものだからと断られ、ついでのようにここにある食材はあまり種類がないことも教えられた。その時に頼もうとしたものはもちろん却下された。
どうにか厳しいチェックをくぐり抜けて、初めて燭台切光忠に食べ物を頼んだ時、些細な事に激昂して食べそこねたのは痛恨の失敗だった。だから、それからはなるべく静かに待つことと、目の前に出来上がったものが整えられて差し出されて『どうぞ』と言われるまで手を出さないことに決めた。
きっと味はいつかわかるだろう。
SCCペーパー用に書きかけたけどおわらなかったはなし
これともぼんやりつながってる
http://drd.cute.bz/log/gallery.cgi?mode=view&id=1432657041
- 2016/06/13 (月)
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