嘆きの在処

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In a Wood so Green

 探しもの、うけたまわります










 両側にこんもりと樹が生い茂ったきつい傾斜の坂の途中に、気をつけなければ見逃してしまう程に細い間口を開けて、更にきつい傾斜の階段がある。
 慣れてもなおきついその道程を、暑さに耐えながら大倶利伽羅は重い荷物を手にゆっくりとのぼった。途中にある僅かな踊り場で息をつくように思わず悪態が口をついて出るのは仕方のないことだと思う。木陰に遮られて直に日差しが当たらないのだけが幸いだ。
「口が悪いよ、伽羅ちゃん」
 ふわりと階段の上から降りてきたのは見知った顔だった。咎める言葉だが口調は柔らかいのはいつものことだ。
「光忠」
 彼が身に付けている金色の装飾品が陽の光をとおして、大倶利伽羅の網膜に突き刺さる。
「おかえり。鶴さんが待ってるよ」
「ただいま。……知ってる」
 あともう少しだけ登ればそこはもう職場兼家だ。大倶利伽羅は深く息をついてから歩を進めた。
 迎えに出てきた男はそっとわきによって大倶利伽羅が通るのを待っている。
「あんたは――」
 問いかけた言葉は途中で飲み込んだ。わざわざ確認するまでもなく、彼が家の中から出てきた理由は知っている。
「すぐ戻るよ」
「ああ」
 荷を持てなどと無駄なことは言わないことにしている。己の荷はどれほど掌に食い込んでいても己のものだ。
 狭い階段をすれ違ってなおも登る。高低差のはげしさと、道のりの長さに息が切れずに済むのは、人ならざるものであった名残がまだあるからだ。試す気にはならないが、おそらくすべての階段を駆け上がってもさしたる負担にはならない。しないのは、それをすると荷物に振り回されるからだ。
 階段の終わりにある、看板の掛かった木戸を開け、細いアプローチを抜けるとようやく住まいである古い平屋の日本家屋に辿り着く。
「ただいま」
 正面玄関の広い上がり框に荷物を置いて、赤くなった掌の痛みをごまかすためにぱたぱたと左右に振っているところに奥から同居人である鶴丸国永がでてきた。
「おかえり、伽羅坊」
「ああ」
 ひょこりと白い頭が幾つかのレジ袋の中身を確認して持ち上げる。
「そろそろ帰ってくるだろうと思って部屋冷やしてあるぜ。暑かったろ。麦茶も置いといた」
 最近は手袋をつけることもない指先が奥を示してから、台所へと荷物を運んでいった。
「そうか」
 樹の茂った小道に入る前には直射日光にさらされて汗をかいている身には素直にありがたいので、礼を言ってまず仕事場としても活用されている茶の間に寄る。
 室内はよく冷えていた。たくさんの紙片が乱雑に散らばった卓袱台のすみに置かれていた麦茶は、まだやかんに入っていて、冷たいものを飲みすぎるなとくどくどと薫陶を受けたこともあるがゆえに常温が基本とはいえども、煮出したばかりと思しき熱さだったことにそっと眉をひそめる。
「お風呂も沸いてるよ」
 閉じたままの襖から燭台切光忠の上半身だけがひょいと現れた。
「ささるな」
「いいじゃない、これぐらい」
 肩を竦めながらも、するりとめり込んでいた状態から全身が出てくる。
「気が抜けてないか」
「まさか。これぐらいなら驚きの範疇だよ」
 如才ない笑みを浮かべる相手に反射的に拳を握って、振り上げる前にほどいた。
「言ってろ」
 悟られないようにゆっくりと息を吐いて、襖に手をかけたところで、ぱたぱたと廊下を走る音がした後に勝手に滑る。
「伽羅坊」
 今度顔を出したのは白い頭だった。
「言うの忘れてたが、風呂も沸かしてあるぞ」
「廊下は走るな。助かる。入ってくる」
 大倶利伽羅の言葉に頷いて、来たときのように鶴丸国永は駆け足で台所の方へと帰っていく。
「だから走るなと」
「もう聞こえないと思うよ。今日の夕飯の献立知りたい?」
 ふわっと真後ろに立った燭台切光忠を振り返ってねめつけると、ごまかすように首を傾げた。
「――いい」
 廊下に一歩踏み出して、行儀が悪いと思いながらも後ろ手に襖を閉じて風呂に入る支度をするために自室へと足を向ける。
 今度は声も姿も追ってこなかった。

















 西暦二二〇五年に始まった歴史改変を目論む歴史修正主義者による攻勢は、少し前に終焉を迎えた。
 ただの刀であった頃であれば特別な感慨も抱かなかっただろうが、人の形を写し、人の暮らしをなぞらえてきた刀剣男士たちにとって、それは青天の霹靂だった。
 ただの刀であれば、戦がおわることはさして深い意味を持たなかった。それまでと同じように人の腰に侍るか、何処かへ飾られるか、何処かへしまわれる。その、どれかだ。
 けれど、人の身であればそうはいかぬのだと審神者は宣った。

 無数にあるのだという選択肢のなかで、鶴丸国永と大倶利伽羅は結果的に共に暮らすことを選んだ。












 軽く風呂を浴びて、汗と埃を落としてから再び茶の間を覗くと、卓袱台には鶴丸国永だけがついていた。紙片と睨み合うのも飽きたのだろう。上半身を伏せて、ぺたりと上板に張り付いている。
「どうした」
 むかいに座り、まだ卓上にあった麦茶を茶碗に注いで傾ければさすがに温くなっていたが風呂上がりにはちょうどいい。
「ああ、仕事は終わった。あとで連絡してくれ」
 ごそごそと重なっていた紙をひっかきまわして、一枚を大倶利伽羅によこすと、今度は畳の上にひっくり返った。
「寝るな」
「腹が減ったら起きる」
 基本的に鶴丸国永は己の宣言は守る。とはいえ、以前なら、腹が減るという感覚を有していなかったので詭弁だと叩き起こしていたのだが、今は腹は減るのだから起きる気はあるのだろう。
「そうか」
 手元に来た紙に目を通して内容を確認する。
 『仕事』は、鶴丸国永がやりたいと言って始めた。日々の糧を得るためではない。暮らしていくための収入は年金だ。家は二人分のそれまでの給与と退職金をあわせた予算で探して購入した。ただ俸禄を食んでいたころにはその価値にはいまいちぴんときていなかったのだが、今の世の中で戦の場に立つというのは他に代行しうるものがいないという意味では希少で、給金は相応に弾まれていたし、従事した年数も長かった。年金の額もそれに応じている。
 金額の多寡には関係なく、そもそも給与が発生すること自体に対して使役するものに随分と丁寧なことだといつだか大倶利伽羅が審神者にこぼしたら、使役するからこそ対価が必要なのだと返ってきた。人ならざるものとの約定ならなおさらだ、と。
 それを、鶴丸国永に話したことに深い意味はなかった。しかし巡り巡って、彼がこの『仕事』を始める切っ掛けになったことを思うと悔やんでも悔やみきれない。
「なかなか見つからないな」
 しょげかえった声でこぼすのに、そっと目を閉じる。膝を抱えて寝転ぶ彼の傍らに、いつも変わらぬ燕尾と鎧をまとっている黒い姿が端座しているのを、見なくても知っていた。
「僕はここにいるからね」
 その声には耳をふさいでも全く意味をなさないから大倶利伽羅はただ目を伏せる。
「いい案だと思ったのになあ」
 鶴丸国永は、探し物を請け負い、その対価で己の探し物を求めている。依頼してくるものは人ではなく、あやかしどもだ。
「いい案だと思うよ」
 あやかしは、不思議と時間が流れるということに対して鈍い。何かをなくしてもどうしてなくしたのかを憶えていてもいつなくしたのかがあやふやで、鶴丸国永はそれを探す手伝いをする。かわりに、そのあやかしが見てきた記憶を要求する。彼らが長い年月の間に溜め込んだもののなかに手がかりがないかと探すために。
「……腹減った」
 続けてその言葉を裏付けるように軽い唸り声のようなものが部屋の中に響いた。
「僕のことはとりあえず置いておいて、何か食べて。本当は、僕が作れたらいいんだけど」
 ころりと体が転がる気配のあとに、跳ね起きた音がした。
「腹が減っては戦ができぬ。伽羅坊、昼にしよう。用意してくる」
「ああ」
 大股で部屋を横切って鶴丸国永が部屋を出て行く。屋敷の外にあまり出ることができない彼の代わりに、外向きの要件を大倶利伽羅が全て請け負う代わりに、内向きの仕事は鶴丸国永の受け持ちだ。
 人ならざるものから、人に近づいた証のように、白い髪と薄い皮膚を持つ男は太陽の陽射しでたやすく火傷を負うようになった。二人の金色の瞳もやはり、陽に弱い。刀を持ったまま戦場をかけ続けることももう出来はしない。
 それでも完全に人になる前に、二人は――屋敷の奥でこどもの体が完全に人となり成長を始めるまで眠りについている太鼓鐘貞宗も合わせれば三人は、探し出さねばならないものがある。
 戦が終わる少し前、何処となく行方を知れなくなった燭台切光忠を、探している。


















 けれど、その燭台切光忠がずっと傍にいることを、鶴丸国永だけが知らない。

谷山由紀の『こんなに緑の森の中』というタイトルが好きで、そこから。
たぶん安楽椅子探偵みたいなかんじ。

  • 2017/12/11 (月)
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