作品
床の下でも会いたくない
日当たりがいいというのはつまり夏には否応なく酷暑が待っているということなのだと山姥切長義が気付いたのは、存外に長かった梅雨が明け、直射日光が戻ってきた頃合いのことだった。起居している建屋は、時代に逆行しすぎて空調設備どころかまっとうな照明すらない、夏の暑さは壁を開け放って風を通して凌ぐ、という力技でなんとかしていた(その分冬はとても寒い)頃のもので、今日のように風すらもろくに吹いていない日にはただただジリジリと陽に焼かれるしかない。
一の丸まで行けば、唯一のまったき人間である審神者のために多少の近代化がされていて、空調の整った大広間には死屍累々に刀剣男士たちが集まっているはずだった。
「……却下だ」
打ち上げられた魚のようにごろごろと同僚たちが倒れているなかに自分が混ざることを考えてみたが、ぞっと鳥肌が立ってすぐになかったことにする。そもそもこの暑いなかに一旦屋根の下から出て、炎天下のなか、他の建屋まで行くこと自体が面倒だ。
冬の間に重宝した畳はすでにまとめて部屋の隅に積んで板張りの床を露出させているのだが、それでも暑い。せめてもの涼をと配られた団扇も自分であおぐしかないので、段々面倒になるし、局所的にしか風を起こせないから涼をとるには程遠かった。
人の形をかたどっているだけで、人そのものではないから脱水状態などには気をつけなくてもいいのだが、暑いものは暑い。
「すずしいところ……」
日の当たらないところなのは当然だろう、と思う。
部屋からは遠くて面倒であまり回らない玄関の土間はいつもひんやりしている気がする。食事当番にはまざらないから、冬が終わって湯たんぽ用の湯を沸かしに行かなくなってからめったに足を踏み入れることがなくなった厨も火がなければ土間は寒々しかった。敷地内にある木が生い茂った森の中もひんやりと涼しい。
「なるほど」
日が当たらなくて土が露出している場所には心当たりはあった。
少しだけ悩んで、団扇だけを手にして部屋を出る。程よく熱された回廊に顔をしかめつつも横切って、隣人が来てから配置した沓脱石に置いてある草履をつっかけ、そのまま縁側の下へと潜り込んだ。日が当たる場所に近いからか、涼しさはなく、土に含まれた水気がもわっと生ぬるい。面倒になって、膝をついてのそのそと中へと入り込めば、途中でふっと空気の質が変わった。劇的な涼しさではないが、床の上でぬるい空気をかき混ぜているよりは随分とましだと感じる。暗いのだけはどうにもならないが、火を使わない明かりは部屋に置いてきた。今はどうしても読みたい本があるわけではないし、どちらかといえば何もせずにぼんやりしたかったので、後で考えることにする。
暑さと日除けを秤にかけて、後者を取っていたために着たままだった上着の頭巾をかぶって土の上に直に寝転べば熱されていた体に心地よい冷たさが布越しに伝わってきた。暑さに参っていた体から力が抜けていく。
暗さにつられて目を閉じたらすっと意識は闇に飲まれた。
§
「げっ」
すぐ近くで響いた古馴染みの声にふっと目が覚めた。体の下から伝わってくる温度はひんやりを通り越して、凍えかけていたのを気付かれないように体を起こす。長いこと傍らにありすぎて今更近寄られたぐらいでは警戒する気も起きない。
「ご挨拶だね、猫殺しくん」
「あー、お前そのまんま寝てたのか。冷えてんじゃねえか……にゃ」
傍らに膝をついて伸ばされた手が頭巾を断りもなく払い、流れるままに土のついた背中をはたいていく。
「暑かったんだよ。猫殺しくんだってそうだろう亅
認めたくはないが、こういうときの思考回路が似通っている自覚はある。だからこそ隣室の気配がないすきを狙ったのだが、今度は自分が部屋を空けたからこそ、この古馴染みがちょうどいいとばかりに来たのだろう。
「冷房の風は好きじゃない……にゃ」
ぐる、と不機嫌に喉が鳴るのが耳に届いて、その参っている度合いの深さに珍しいなと思う。どこか不貞腐れている様子につい手を伸ばしてふわふわのはずなのになぜかぺしゃんとへたって見えた金色の髪を撫ぜる。いつもは寝ているときでもなければ触る機会のない手触りを楽しんでいたら、珍しいことに嫌がるそぶりもなく頭が山姥切長義の肩に落ちてきた。冷え切っていた体にはすりよってきた南泉一文字の体は己よりずっと暖かく、ほっとする。
「人の体はままならないねえ」
彼は自分と違って、他のものがいる部屋でだらけることには抵抗がないのに体質で阻まれるとは運がない。
自分がこの古馴染みに勝手に一番日当たりのいい部屋を押し付けたことは棚に上げた。配属されたときは秋も深まる頃合いで、日向の暖かさが魅力的だったのだ。
「性格がままならないよりはましだにゃー」
冷たいのはありがてえけど、と呟かれてどうして抱きつかれたのかを理解したが、こちらも湯たんぽがありがたいのでそれには口を挟まないことにした。
「生憎とこの性格で困ったことはないかな」
「知ってる」
くつくつと伏せた顔の下で笑う声が肩に響くのが気に障って、反射的に髪を引っ張ったが気にする様子もない。珍しすぎて、思わず額に手をやれば熱はねえよと先手を打たれた。
「そうはいっても、気付かないうちに脳が茹だっているのではないかな」
「ねえにゃ」
頭蓋の中は熱がこもりやすいのだと聞いたことがあるなとうなじに手を滑らせれば、暑さよりも汗で濡れて逆に冷えている。無防備に目の前に差し出された首を反射で落とそうと思わなくなったのはいつからだっただろうか。
手入れ部屋でどんなにひどい怪我でも治るとはいいましたが首は落としたらおそらく死にますと、ここへ来た頃、一番最初に並んで古馴染みから説教をされたときに告げられて残念だと思ったのは確かだったし、隣で正座していた今目の前にいる男も同じように不満げにしていたことは覚えている。
夏だって人の体は熱くて茹だるし、かと言って簡単に凍えるし、斬りたい気持ちと同じくらい、斬らないでおこうとも思うようになってしまった。
ああ、本当に人の体はままならない!
「床下、涼しいし、人の目はないし最高では」
「氷室を参考に菰もらってきた……にゃ」
「よし」
なお速攻でばれた模様。
「南泉、山姥切、いるのは分かってます。おとなしく出てきなさい。最近、断続的に床下から殺気が溢れてくるっていう苦情が上がってるんですけど、こんなとこでなにをしているんですか」
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たまきさんから「あついにゃんちょぎとか」っていわれて「暑さに死ぬにゃんちょぎ」
- 2019/08/08 (木)
- お題
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