作品
アイスはちゃんと買って帰った。
試験期間も佳境に入り、残る科目は僅かになった。今日も今日とて大学で同級生たちと集まって勉強会だと電車に乗り、鞄の中を確認して忘れ物に気づいたのは幸運だった。慌てて、先に試験期間が終わり夏休みに突入している同居人に連絡を入れた。
まさか財布まで忘れていたとは思いもよらなかったが、昨今は交通系のICカードかスマホの支払いシステムがあれば財布を取り出す機会は少ない。多分、昨日も財布は持っていなかった。
早めに家を出ていたから、家まで戻っても余裕はあるのだが、炎天下のさなかに往復二十分を歩く気が起きなくて、配達を頼んでしまったからには、何かとりあえずのお礼はいるなと、ついた駅でおりて、反対側のホームに移る途中にあった自販機で麦茶を買う。ピンクのロボットがついたカードは大変便利である。
とりあえずはこれで勘弁してもらって、改めて帰路であいつの好きなアイスでも買って帰ろうと自宅最寄り駅の改札をくぐって目に入った光景に息を呑んだ。
「にゃ、んで」
思わず噛んだ舌が痛む。
見間違いでなければ、忙しさのあまり取り込んだあとにベッドに放置したままだったの己のタンクトップを纏い、忘れてきたキャップを被った同居人がそこにいた。
そもそも、同居人は普段は汗もかかぬような涼しい顔をして、外に出るときは日除けを兼ねた長袖であることが多い。その真意は誰もが汗ばむこの季節に不用意に他人の肌に触れたくないというところにあるのを知っているから、熱中症にだけは気をつけろよというだけにとどめているし、気をつけている彼が倒れたところに行き当たったこともない。あと、なんだかんだ人間なのでちゃんと汗をかくことも知っている。
「やあ、はいこれ。間違いないとは思うけれど確認してくれ」
差し出されたエコバックには、間違いなく自分が忘れたタブレットと財布が入っていた。
「助かった、にゃ」
短い移動の間にびっしりと水滴がついたペットボトルは素直に受け取ってもらえ、その場で飲み干されて空になる。
「あ、服を借りてるよ。袖がない分涼しいのかと思いきや、汗が張り付くからむしろ暑かったかな。君、よくいつもこんな格好でいるね」
自然に渡されたゴミを突き返すほどの気力はもうなく、とりあえずエコバックの中身を鞄に移して、丁寧に畳んだ。
「あー、慣れたら快適だ……にゃ」
見慣れているはずの同居人の顔をどうにも直視できなくて、いつもなら軽く出てくる言葉までうまく出てこない。
「そう?」
不審そうに首をかしげる彼の額から滑り落ちた汗が、顎を伝ってポツリと地面に落ちるのを見届けてしまって、ぐる、と喉が鳴った。
目眩がするのは暑いせいに違いないのだと、己に言い聞かせなければ脳みそが焼ききれそうだった。
↓のつづき
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- 2019/08/13 (火)
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