嘆きの在処

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あしびきの夜

 真夜中に南泉一文字の部屋に入り込んでくるのは、大抵は古馴染みの方だった。
 ノックも誰何もなく、するりと障子が開いたのなら確定だ。
「寝ろ、ちび」
 わざと本に目を落としたまま告げてももちろん去って行きはしない。逆に近寄ってきて膝の上に上がりこんでくるのが常だった。
「誰がちびだって?」
 小さな手が伸びてきて精一杯に頬をつねっても、痛くも痒くもない。年相応の華奢な子供の手と力だ。頑健に作られている刀剣男士の体がそれしきでどうにかなったりはしない。
「体はまだちびのものだろうが。夜はちゃんと寝ねえと背が伸びねえぞ」
 そもそも、古馴染みが夜にやってきた時点で諦めるべきだったと思いながら、本に全く愛着を持たない相手が南泉一文字の手からそれをとりあげて部屋のどこかへと投げ捨てる前にちゃんと閉じて傍らに置いた。人里離れたこの土地では新しい本を手に入れるのも一苦労なのだ。家に閉じこもっているしかない古馴染みには実感が無いことだろうけれども、と嘆息する。
「まだ九時だよ」
「でも、ちびが寝たから出てきたんだろうが」
 目の前にあるのはただの古馴染みではなく、柔らかな皮膚と肉しか持っていない人の子供なのだと細心の注意を払って、自分がされたように頬をつねったが、うっかり爪を立ててしまわないように、すべらかな手触りからはすぐに指を離す。
「それはくすぐったいだけよ、猫殺しくん」
 おとなしくしておけという意味を含んでいるのをわからないはずがないのに、くつくつと笑って、こちらが振り払えないのをいいことにぺたりと抱きついてくるのを受け止めて背中に手を回した。
「てめえがか弱いのが悪いにゃー」
 刀剣男士としての膂力で、以前の古馴染みに対するように扱ってひどい痣を作ったことも、骨を折ったこともある。二十三世紀の技術による応急キットは、医者にはやすやすとは掛かれぬ身にはとてもありがたかったが、そういううっかりがこの数年で多発して残りももう随分と少なくなった。
 けれど、山姥切長義にとって自在に動けるような体になるまでは、人の魂を殺して体の成長を止めることもできない。
 小さな子供の体を片手で抱き上げて、南泉一文字は自室を出た。
 日中は仮初の体の中で眠りについている古馴染みがこうしてやってくるのは、長い夜を持て余すからだと知っている。
「ほんともう、さっさと大きくなってくれ……にゃ」
 溜息とともに、子供が抜け出たままの布団に下ろせば、古馴染みは少女の顔でいたずらに笑った。
「さあて、時間は過ぎてしまえばはやいものだというけれどもね」

遠征先で遭難したので死ぬ予定の子供に乗り移って生き延びているちょうぎくんと、子供の保護者しているなんせんの話

  • 2019/08/18 (日)
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タグ:[にゃんちょぎ]

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