嘆きの在処

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ちょうぎくんが不法侵入したなんせんの部屋で眠る話

 南泉一文字が、手伝いに呼ばれたデスマーチからなんとか抜け出して、帰城したのは日付も変わった丑三つ時のことだった。泊まっていけばいいのにと毛布にくるまって机の下に潜り込む人たちを見限ってももう罪悪感もわかない。連日の徹夜は心が死ぬ。
 簡単に帰れるように設備を整えてもらってよかったと思いながら主の不寝番に帰城を報告して、二の丸の自室に戻るために庭を突っ切る。
 先に顕現していた古馴染みが気を利かせて確保してくれていた自室はどこからも遠いけれど、その一角に起居しているのが、己とその古馴染みだけなので夜更けに多少雑に物音を立てても気兼ねないのが楽だった。部屋の前に隣室と共同で置いた沓脱石に靴を脱ぎ捨てて、襖を開けようと触れれば、ふっと在室のサインが浮かんで、来てたのかと思った。
 音を立てないように静かに入り込んだ、暗い部屋の中で、それはちゃんと布団にくるまって寝ていた。今更、お互いの気配で目をさますほどの繊細さはもっていないから、遠慮なく近寄って枕元に膝を落とす。
 自己管理のできる古馴染みは顔色が悪いこともなく、規則正しい寝息を立てながらぐっすりと眠っている。
 いつもなら、この刀が人の部屋に入り込んでいるときには、こいつが望んでいるように見ないふりをして部屋を出ていってやるのだけど、今日は疲れ切っているのは自分の方だった。座り込んで、ベッドの縁に体を預けてしまえばまぶたは自動的に落ちてくる。こんな体制で寝てしまえば翌朝後悔することはわかりきっていたけれど、ただ疲れていた。
 かわいそうになと意識が落ちる前に呟いたのは、間違いなく山姥切長義のためだった。

   §

「なんせん、起きて、なんせん」
 それは、泣く声だと知っていた。目から涙をこぼせぬ強がりの、精一杯の声だ。
 かわいそうにと憐れまれることを理解してなお、耐えきれぬ恐怖を抱えてはおれぬものだった。
「なんせん」
 幾度目かに呼ばれた名に合わせて、まだ重い瞼をこじ開けた。辺りは暗く、夜明けにはまだ遠い。
「どうした……にゃ」
 問いかけるまでもなく、起こされる理由は知っている。
 けれど、彼自身は、何もかもが眠りについて静まり返る夜の闇を怖がっていることに気付いてはいない。静かに眠って起きてこなくなるものたちを悼んで、抱え込み続けた痛みは長い時の間にほかの傷に埋もれてしまった。ただ、消えたわけではない傷はいつまでも主張をするのだ。
 南泉一文字が目を開いただけで安堵して、山姥切長義が無意識のまま柔らかに笑う。
「猫殺しくんがそんなところで寝ているからだよ」
 ちゃんとベッドに上がりなよと言われて、疲れ切った体をどうにか起こして、片側を空けられた寝台に潜り込む。侵入者から譲られた枕にありがたく頭を埋めて、触れるか触れないかの距離にあった体温を持ち主を抱き寄せる。早くいつものように何もかも忘れて眠ってしまえとあやすように背中を叩けば、すぐに体からはくたりと力が抜けて、もとのように静かな寝息を立て始めた。
 体は疲れ切っていたが、今夜はもう眠ることはできない。
 かわいそうになと、今度は己のために呟いた。

ねているなんせんをおこしてしまうちょうぎさんの話

  • 2019/08/18 (日)
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