作品
そして鯰尾藤四郎が地雷を踏んだ話。
『南泉一文字が山姥切長義に背負われて来たけど、喧嘩じゃねえよな？』
鯰尾藤四郎がその報せを愛染国俊から受け取ったのは、朝の支度は終えたけれど特になんの当番でもなしもう少しゆっくりとしようと思っていたときだった。
朝から着信音を響かせた端末を珍しいなと手にとって、目に入った文章を咀嚼するのには時間がかかった。
「はあっ？」
まず、あの二振りの喧嘩とかそれめちゃくちゃめんどくさいやつでは？と思ってから、なにもおんぶしてるからと言って必ずしも喧嘩してるわけではないのだった、と当城におけるいつの間にか定着してしまった常識に膝をつく。
「いや、とりあえずは南泉と山姥切だ」
わざわざ利便性の悪いところに陣取っている古馴染みたちとは違って、鯰尾藤四郎が起居する部屋は食堂に使っている大広間からほど近いところにある。厨で適当に皿を掴んで朝食の形を整え、勢い込んで襖を開けたら、件の二振りはすぐそこに陣取っていた。
「山姥切おはよーう！ 南泉と喧嘩しました？」
抱えてきた膳を空いていた山姥切長義の左隣に置いて座る。
「鯰尾まで……してないよ」
不思議そうにする山姥切長義は普通に正座だったが、南泉一文字は顔を上げもせず立てた膝を抱えていて、左腕だけ傍らに座る古馴染みに掴まれている。その所作だけで大まかのことを把握した。
嘆息しながら見回した広い部屋は人影はまばらで、とりあえず目があった愛染国俊には山姥切長義に気づかれないよう感謝の意を込めてそっと手を振った。とはいえ、すでに来ているものたちがこちらに注目していることもわかったし、おそらく先程自分が報せをもらったようにあちこちに情報が飛んでいるのは間違いない。全員が揃い次第始まるはずの朝食はきっと今日は早く始まるだろうなと、せわしなく開け閉めされる襖を思う。
「いやあ、おんぶしてたって聞いたからつい」
そういえばおんぶが喧嘩の印であるという元凶たちは最近はそんなに派手にやらかしてなかった気もする。
少なくとも山姥切長義が知っていたら、おんぶではなく俵抱きあたりで南泉一文字を連れてきたはずだという確信はあった。それこそ本当に喧嘩していたら、逆にやるだろうけれども、その場合は知らしめるためにもっと人がいる時間にやってくる。南泉一文字と山姥切長義は喧嘩の最中お互いの神経を削り取るためには手段を選ばないからひたすら周りが振り回されるのだ。
「喧嘩するなら、他には知られないようにやるかな」
「そうですよね」
所蔵元で古馴染みたちに振り回された実感を込めた相槌に、流石に思う所あるのか山姥切長義がそっと浮かべた笑みを深めた。
「ともかく、俺のせいで猫殺しくんが寝れなかったからね。面倒ぐらいは見るさ」
しまったと思うと同時に、背後を通っていたものの足が一瞬止まるのがわかる。ついでに部屋の中をもう一度確認したら、ほぼ全員が揃っていた。視界の端に、物吉貞宗がにこにこと笑っているのが見えて、ひっと喉奥に息を呑みこんだ。
「――あれ？ 南泉、今朝戻ってきたんじゃないんです？」
鯰尾藤四郎にはよくわからないことで城外からの援軍に呼び出されている南泉一文字は予定では一昨日の戻りのはずだったのだが、伸びたということだけを聞いていた。そういう時は大抵、徹夜明けで早朝に帰城するから、目覚ましを山姥切長義に頼んだのだとばかり思っていたのだ。
「夜中だったよ。結構遅かったかな」
この古馴染みたちは二の丸の端のはしで隣同士の部屋で起居しているけれど、防音性の高い部屋は隣室とはいえ襖の開け閉め程度は室内からは全く聞こえない。
「そう、でしたか」
ようやく――ようやくこれは軽い気持ちでつつくべきではなかったのでは？と気付いたものの、遅きに失した。山姥切長義が平然としている以上、深読みするような出来事はまったくなかったと言えるのは、自分たちが古い付き合いがゆえだ。けれど、下手な弁解は疑惑を深める。
呆然としている間に食事が始まり、汁物椀しか用意していなかった南泉一文字が席を立ったのは早かった。
「あっ、南泉どこ行くんですか？」
ただひたすら眠そうな古馴染みを引き止める罪悪感は全く生じない。やけに静かな朝食の場のことをぜひ考えてほしかった。
「そいつが入れないとこで寝てくる……にゃ」
けれど、本当の問題は、南泉一文字が緊張感すら漂う大広間の雰囲気に全く気付いていないうえに、普段なら口を噤んでおいただろうことをこぼすほど眠いのだと、鯰尾藤四郎が把握できていなかったことだ。
「鯰尾、放す……にゃ」
隣から漂ってくる殺気に本当に置いていかないでほしいと思いつつも、渋々手を放す。
「猫殺しくんはおやすみ」
殊更に柔らかな声は、鯰尾藤四郎にとって死を告げる鐘の音に似ていた。
ちょうぎくんが不法侵入したなんせんの部屋で眠る話（http://drd.cute.bz/log/gallery.cgi?mode=view&id=1566059408）の続きの眠れない夜が明けた朝の話（http://drd.cute.bz/log/gallery.cgi?mode=view&id=1566059502）のつづき。
- 2019/08/19 (月)
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