作品
プライバシーの侵害の話
審神者がその日、早朝に南泉一文字の部屋を訪ったのにはさして深い意味はなかった。ただ、夜に眠れなくて、ピアノを弾くのにも飽きた頃に空が明るくなったので、勝手に部屋に入ることを許されているところへ向かっただけだ。眠る必要のない猫もいるから、部屋の主が寝ていても時間は潰せる。それに、外から直接上がれるので、建物の中を延々と誰かをうっかり起こしてしまわないかと思いながら歩かずに済むのもよかった。
沓脱石から回廊に上がって、襖にぺたりと掌をつければ、審神者のIDおよび在室の表示がポップアップするのを確認して、引き戸に手をかけた。
「あれ?」
いつもなら、IDの認証がされれば部屋の主である南泉一文字が寝ていても、不在でも、内側からホームオートメーションシステムであるはんぶんが解錠してくれる。それが審神者が気楽に遊びにこれる所以なのだが、もう一度掌をつけてみてもやはり襖は開かなかった。壊れているのかとは思わなかった。審神者の知らない何らかの条件付があって襖が開かないことはそれなりにある。
はんぶんと遊びながら時間を潰せないのは残念だったけれど、何事も予定通りに動くことがあるわけでない。気にせず、誰かが通ることもない回廊にころりと寝転がった時、南泉一文字の部屋の隣の襖がすっと開いた。
「主? おはよう」
「南泉!?」
反射的に大きな声で叫びそうになって、慌てて声を抑えて体を起こす。
「なんで? そっち山姥切長義の部屋じゃ?」
「ああ。山姥切はオレの部屋で寝てんぜぇ」
「は?」
言われた言葉の意味はわかっても理解が追いつかない。
「たまにこっちで寝るって来るんだよなぁ」
くありと欠伸をこぼす様子には、いつもと変わったところはまるでなく、ひとり焦っている審神者のほうがおかしいほうがしてきた。
「それで南泉も山姥切長義の部屋で寝るの? 一緒に寝たりはしないの?」
「起こされるからいやだ」
「うん?」
「オレが寝てるのを見つけるとぜってえ起こしてくるから隣では寝ねえ……にゃ」
溜息を付きつつも、南泉一文字の顔は審神者が思ったよりも穏やかな顔で驚く。
「そっか」
二振りの間で何らかの合意がとれているのなら、口を挟むことではないなと審神者は頷いて、言及を控えることにする。
ただ、はんぶんと遊びたいという願いは今朝は叶わないことだけは確かで、ふてくされた気持ちで再び廊下に転がった。
眠れない話の関連。
- 2019/09/18 (水)
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