作品
眠れなかった夜の話
眠れないときには何かを数えるのがいいらしいと教えてもらったその夜、山姥切長義は自分が寝返りを打つ数を数えようとして、次にいつ自分が転がるのかのほうが気になってしまって、そのまま明け方を迎えてしまった。
これはよくないなと次の日は部屋の中にあるものでなにか数えてみようとして、暗闇のなかでは難しいことに気づいた。なお、途中で寝れた。
そのさらに次の日には、あらかじめ数を数えるためのものを探しておこうと思い立った。
「待ってください、つまり夜に眠れていないということですか?」
厨の下拵え当番でサヤエンドウの筋を取りながら個数を数えている己に気づいて、顔をしかめたところを本日の相方であった前田藤四郎に気遣われて、正直に経緯を答えたところ思いもよらぬ反応が返ってきた。
「昨日は寝たよ」
「昨日は」
平坦な声で繰り返されただけなのに、なぜか気圧されておずおずと頷いた。手だけは変わらずサヤエンドウの筋を取り続けているのが不思議な気がする。
「山姥切さん」
「はい」
「睡眠は毎日取るものですよ」
まるで小さな聞き分けのない子供に言い聞かせるような声音だった。下手に怒られるよりもよほど決まりが悪く、何を言っても駄々をこねる子供のようではとそっと目をそらす。
「布団には毎日入っている」
眠れなくても横になっておくことには意味があるとは、顕現した当初にこの状況を予測していた古馴染みたちから説かれていた。
「原因に心当たりはあるんですか?」
「あるよ」
素直に頷けば、目の前にいる短刀が目を瞬いた。
あるから困っているし、放置せざるを得ないのだ。
そうはっきり告げずとも改善できぬからには何かしらの理由があるのだと飲み込んでくれる敏さに甘えて、あとは黙ったまま作業に打ち込めば、かなり手際よく全てが終わった。当番はあくまで下拵えだけで、調理まではしない。せっかく手の数があるのだからと作業を分けられるものはなるべく分かつようになっているのだ。
「厨当番への伝達は僕がしておきますから、山姥切さんはお部屋で少しでもお体を休めて下さい」
有無を言わさぬ笑顔で押し切られて、おとなしく自室への道を辿った。二の丸の端のはしに位置する部屋はあまりに辺鄙で、日当たりこそはいいものの周囲に住まうものはおらず、いつでもしんとしている。
昼下がりの今はちょうど陽射しがよくあたって暖かく、部屋の前の外縁に誘われるように腰掛けた。ふらりと足が宙にゆれるのは、床が高いからだ。あまりにも部屋が端に位置しているため、沓脱石でも置いて直接外へと降りれるようにしたら便利ではないかと思ってはいるのだが、使うのが自分だけと思うと手間をかけるほどでもないかと二の足を踏んだまま放置していた。もとより、あれこれ細かいことに気を回すほうでもない。手間を減らすための手間が面倒だと思いながらころりと体を後ろに倒す。
陽は眩しかったが、暖かさは心地が良くてふわりと眠気が誘われる。
眠ることは好きだ。こうして確たる体もないころの意識を溶かすようにつく眠りも好んでいたが、人の形を得たあとの夜の闇の中で意識を水に沈めるようにつく眠りも悪くなかった。
ただ、たまに、目を閉じることが怖くなる。
以前は気にしなくてよかった。眠るときには必ず隣に絶対にかたちを失わないしるべのような古馴染みがいたからだ。
けれども彼はまだこの城にはおらず、山姥切長義はひとりで目を閉じなければならない。こうして陽の下で眠ることもできるならば、夜に部屋の明かりをつけておけばいいのかとも試してみても目は冴えたままだったのは先程は語らなかった三日前のことだ。
わざわざ告げはしなかったものの、自室という他から干渉を受けない場所へと戻るように促されたことを鑑みるに眠れない対処法を聞いて試している時点ですでに不眠を発症したあとなのだと気づかれていた。やわらかに気遣われる面映ゆさと気遣いを諾々と受け入れるしかない不甲斐なさにようやく思い至って頭を抱えて丸まる。
「なんとか……しないと……」
とりあえずは、睡眠不足でいまいち働かない頭をなんとかしないとどうにもならないなと、長い道のりを思って深い溜め息をついた。
ピアノ本丸
- 2020/05/21 (木)
- その他
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