嘆きの在処

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愚か者たち

 南泉一文字が贈り物の箱の詰まった隣室を自室に選んだと聞いた山姥切長義が、馬鹿ではとこぼしたのに苛ついて反射的に手が出たのは仕方がないことだと思う。
「おっまえ、どの口が言うにゃ」
 誰が部屋を埋めたというのかと睨んでも相手は堪えた様子がない。
「だっていくらでも部屋はあるだろう。確かにそこを猫殺しくんの部屋だと定めたのは俺だが鯰尾だって別にしていいといったはずだ」
 それは事実だった。実際、鯰尾藤四郎にここを私室にすると告げたら正気を疑われた。
「そうだけどよぉ……お前、オレがここをそのままにどっか別に部屋を選んだらどうするよ。この――箱の山をよ」
「持っていかせる」
 贈り物だぞ、と即答して胸を張る様子にはひとかけらの罪悪感も見当たらない。真実、南泉一文字のためを思って選んだのだからありがたく持っていくだろうと信じて疑いもしないのはいっそ立派だ。
「だからだよ」
 この部屋への不満は箱に占拠されていることだけしかない。どこへ移ろうともこのたくさんの箱がついてくるのなら、二の丸で一番陽当たりが良くて、隣に古馴染が居を構えてずっと南泉一文字を待っていたというここにいた方がずっといい。
「そういうものか」
「そういうもん……にゃ」
「ふうん」
 口調こそ素っ気ないものの、山姥切長義が嬉しさを滲ませるように顔を綻ばせるので、南泉一文字はそれ以上は何も言わずにただ深く息を吐いた。








■そして世界は満ちる

 ぐぐっと伸びをした途端に腹から間抜けな音が響いて、南泉一文字は上体を起こした体勢のまま固まった。ふかふかとした広い寝台に今は自分しかいない。ヘッドボードの時計をたぐり寄せて、時刻を確認すればかろうじてまだ午前中だった。
 少しだけ悩んで、当初の予定通りに布団から出る。夜はこうして古馴染の起居する隣室で眠るようにはなったが、ここはあくまで山姥切長義の部屋であり、着替えも含めた殆どの荷物はこちらに持ち込んでない。寝間着のまま外に出て、隣の自室へと戻る。
 所狭しと贈り物の詰まった箱がぎゅうぎゅうと押し込まれている部屋はどう足掻いても生活するには向いていないが、南泉一文字はここから動く気はない。本当はこの部屋で寝起きすることも苦ではないのだが、半分に折った布団に包まっているとここをこんな風にした当事者が決まり悪げにするのでなるべく、隣室に邪魔をすることにしている。
 どうにか作り出した獣道をくぐり抜けて、普段着に着替えて再び外に出た。
 腹が鳴るのは空腹を感じてのことだとは知っている。解消するには何か食べればいいのだ。今時分なら食堂へと向かえば昼食が支度されているし、それ以外にも何かしらは食べられることも知っている。ただ、そうする気にはなれなくて、普段は山姥切長義がひとりで使っているこの対の屋にある厨へと足を向けた。
 歩きながら端末でぽちぽちと厨に常備されている材料で何が作れるのかを検索してみる。
 あるとわかっているのは小麦粉に塩や砂糖、卵、牛乳にバター、それからチョコレートやナッツ類にドライフルーツなんかで、思い立ったら何かを作れる最低限は常備しているのだと山姥切長義がいつだか言っていた。ゼラチンだのベーキングパウダーだのもあると聞いた記憶もあるがそういうなんだかわからないものはまだいい。
 ごくごく簡単に混ぜてフライパンで焼くだけぐらいのものでなにかと考えながら想定していたのはパンケーキだったのだが、殆ど同じ材料でベーキングパウダーがいらないもののレシピがふと目に入って作るものを決めた。簡単おいしいとうたっているだけあって、丁寧な軽量もいらないというのもいい。
 古馴染がいつもしているように最初に全部の道具を揃える。計量カップにボウル、泡立て器とフライパンにフライ返しとおたまを並べたところで何かが足りない気がして少し考えたが、すぐに気付いて焼き上がったものを入れる皿を追加した。
 それから、材料を探す。薄力粉というものが一番の難関かと思ったのだがあっさりと見つかったので、あとは牛乳と卵に砂糖ですべてだ。手順を紹介した動画を見ると、一度フライパンを火から降ろしたときに布の上に置いているようだったので不思議に思って、改めて調べ直すと濡れ布巾に置くことによってフライパンの温度を下げ、均一に熱が回るようにする工夫のひとつということだった。そういえば以前ホットケーキを作るところを見ていたときに同じような所作を見たなと厨をあさると布巾はすぐに出てきた。それからフライパンに敷く油と、それを広げるためのキッチンペーパーも手元に用意する。
 すべてを揃えてしまえば、材料はただひたすら混ぜ合わせていくだけだ。薄力粉と砂糖を混ぜたあとに牛乳、卵、牛乳の順で足していけば生地はあっという間にできあがった。不思議とほのあまい匂いがあたりに漂って生地を一口食べてみたくなったが、小麦粉は生で食べるべからずとことあるごとに自分自身に言い聞かせている古馴染のことを思い出してとどまる。何か作る度に聞くので、一度やらかしたか、あるいはやろうとしては燭台切光忠あたりに止められているのだろう。
 生地を広げるのはフライパンを火から降ろしている時という動画の指示のおかげで慣れない作業で手間取りつつも、あっというまに薄黄色のクレープが一枚、きれいに焼き上がった。やわらかなにおいが厨の中に広がってもう一度腹がきゅうと鳴るので、丸く焼けた生地の端っこを少しだけかじり取れば、においを裏切らないほのあまいもっちりとした感触が口いっぱいに広がる。
「よし」
 続けて残りの生地も焼いてしまおうと、もういちどフライパンを火にかけようとしたところでからりと厨の扉が開いた。手間はかからなかったとはいえども初めて尽くしのことでそれなりに時間は経ってしまっているから古馴染が昼食から帰ってきたのだろうと振り返ると、予想に違わず山姥切長義が立っていて、青い瞳を丸く見開いていた。
「猫殺しくん?」
「よお、お前も食べるか」
「たべる」
 ふらふらと近寄ってきた銀色の頭の口元にちぎったクレープを持っていけば、躊躇いなく食いつかれてさすがに驚くも、もぐもぐと飲み込んだ古馴染がもっとといわんばかりにもう一度口を開いたので、再び生地をちぎって与えてやる。それを繰り返しているうちに最初の一枚はあっという間に消えてしまい、南泉一文字の腹はもう一度ひもじさを訴えてきゅうと鳴ったけれど、不思議と胸は一杯でもう何も食べられそうになかった。

参考:生地がおいしいクレープ https://cookpad.com/recipe/613525
boostありがとうございました!

天使も踏むを恐れるところ(https://drd.cute.bz/log/gallery.cgi?mode=view&id=1615555625)のつづき

  • 2021/03/12 (金)
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タグ:[にゃんちょぎ]

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