> 糖衣錠
糖衣錠
for Sakurai
あまいあまい錠剤、その中身は
 臨也が掌の中で転がすガラスのビンからさりさりと小気味のいい音がする。ちいさないれものの中に入っているのはやわらかいピンク色の錠剤で、手作りジャムのようにかわいらしい飾りのついたラベルにはただひとことそっけなく「for M」とある。シンプルすぎてなにがなんだかよくわからない。効用も服用方法も諸注意もなにもない。
 これを臨也に快く託してくれた新羅は守秘義務とだけ口にしてそれ以上のことは何も喋らなかった。かろうじて、渡せばわかるよとは言われたぐらいだろうか。
 ためつすがめつぴかぴかにコーティングされたまるい薬を観察してみても、まるで何もわからない。ただ、かの有名ないろとりどりの丸くて平べったいあのチョコレート菓子にもどこか似た外見から、舌にまとわりつく甘さとその下にあるであろう苦味を想像して少しだけ、顔を顰めた。

§

 帝人がついているテーブルの上に置いたガラスのビンのなかにぽつんとひとつだけ錠剤が残っている。ラベルはない。この部屋にある薬はこれ一種だけで識別の必要がないのと、わざわざ薬の効能を書くのも馬鹿らしくていつもそのままにしてしまう。
 この薬の作り手である新羅は好きなように書くといいよといつもどこから入手するのか不思議に思うほどかわいらしい模様のラベルを一緒にくれるけれど、たいていすぐに捨ててしまっていた。
 ちいさないれものに入っているやわらかいピンクの錠剤はあまい。同じ様な見た目のチョコレート菓子よりも舌に残るべたつく甘さを口の中で溶かして、最後に残る苦味を待つことがいつの間にか毎日の習慣になった。
 ビンを振るとからんと思いのほか澄んだ音がする。いつもなら気にせずに食べたい時に口に放り込む錠剤だけれども、最後のひとつとなるとどうも手が出ない。
 いっそ布団の中にでももぐりこんで忘れてしまおうかと、溜息をひとつついた。

§

 青葉は医者の掌の中にある空っぽなガラスのビンを何とはなしに見ていた。ころころともてあそばれているちいさな容器には、幾度となくやわらかいピンクの錠剤がつめられては空っぽにされてきたのを知っている。
 薬の本当の効用を医者は喋らない。毎日飲む薬がほしいなら何か作ってあげるから、人の薬は決して飲まないようにときつく言われるだけだからだ。
 甘い甘い糖衣錠のなかに隠された苦味の意味を自分が知ることがないことに、なぜか悔しがる気持ちはわかず、ただほっとした。
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