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怖いものの話
SB既読前提。宗像でねたりねなかったりみたいな話というリクエストのはずだった……はずだった……
 宗像礼司が『ねないこだれだ』という絵本の本当の怖さを理解し得たのは随分と後のことで、こどものころは部屋の明かりを消したあと何かよくわからないまま「怖いもの」を無邪気に待っていた。それがきてくれれば、きっと自分はわからないものもわかるようになるのだと信じていた。

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 昼は百余人がそこかしこで稽古を繰り広げる活気ある場所である椿門は事件もない夜は、寝ずの番のいる場所を残して明かりを落とし、静かな眠りに入る。都心にあるにもかかわらず狭くはない敷地は建物と建物の間の隙間も広く、そこかしこに深い闇を抱く。その合間を縫った先にある敷地のはずれの道場は今日もどこへともなく大きく開け放たれていた。
 その中には鬼が座している。宗像の知らない「怖いもの」を知っている鬼だ。
「こんばんは」
 声をかけても反応は帰ってこない。鬼はただ静かに息をして、夜の静寂と同化しているからだ。だから宗像もそれ以上コミュニケーションを取ろうとはせず、以前はパズルを並べていた一角に同じように座り込む。
 明かりもないなか、目を閉じて夜気を深く吸い込めば風呂で暖めたはずの体があっというまに冷えていくのがわかる。
 以前は、こういう夜にはもう一人が、いた。今はもう亡い青年は宗像に恐れを抱きつつも、いつも訪れる上司を歓待の言葉とともに迎え入れ、鬼との間に立っていつも稽古をしていた。

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 人は、わからないものが「怖い」のだというのを知って、その「わからない」ものを探して傍に置いた途端に失い、それに安堵した時、宗像はようやく己の「怖いもの」の正体を知った。

 宗像は、欠けていないものが怖かった。

 自らが再編し、作り上げた傷ひとつないはずの組織で、おそらく一番欠けてはならないものがまっさきに失われたことによってより完璧になったことによって理解し得た「怖いもの」は、たしかに「怖かった」。

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