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Hello, little star
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IN-SIGHT
翔は朝食は食べてからくるというので、一足先に売店を経由して部屋に戻ったトキヤはまず電気ケトルのスイッチをいれた。水量は迷ったものの、コーヒーも紅茶も時間を置けば置くほど風味が損なわれていくので、客人が来てから改めて入れなおすことにして、普段使っている大きめの保温マグに入る程度の量に抑えることにする。豆そのものにあまりこだわりはないので、カップに直接被せて一杯ずついれることのできるドリップパックをストックしている。保温マグは倒してもこぼれないようしっかりとした蓋がついた広口のもので、ドリップパックを引っ掛けるとやや突っ張ってしまう。なれない頃は力加減を間違ってひっくり返してしまうこともあったが流石に最近はそんなことはない。マグにセットし終えたところで、ちょうど湯がわいた。
と、同時にさらに部屋の扉が唐突に開いて誰かが飛び込んできた。
「トキヤー」
「ハウス!」
飛び込んで来たのは、去年一年間騒がしい同居人だった一十木音也だった。学園を卒業し、この事務所寮の個室に移ってからはや一年が過ぎようとしているにもかかわらず、同じ部屋に住んでいた頃と変わらないように音也は躊躇なくトキヤの部屋に押しかけてくることが多い。
「俺は犬じゃないよ! ハウスとか言わないでよ悲しくなるんだから。あっ、コーヒーだ! 俺にもちょうだい」
口を尖らせて抗議しつつも、めげた様子など全く見せないまま音也がまとわりついてくる。
「あなたの分があるわけないでしょう。一杯分しかわかしていないんですから」
熱いものをあつかうのだからと、どうにか傍から引き剥がしてコーヒーを淹れる。
「でもそれたくさんはいるやつでしょ。いれてからちょっとちょうだいよー。どうせ牛乳たっぷりいれるから俺の分少なくていいよ。ね?」
勝手知ったる食器棚をほいほいあけてマグカップを差し出してくる厚顔さにも何時の間にか慣れてしまってはいるものの、おとなしく分けてやるのも癪だ。
「牛乳なんて買い置きしていないのは知っているでしょう」
「え、でもさっき売店で買ってたでしょ」
だから来たんですか、という言葉は飲み込んだ。
「――買いましたがあれは翔が来るというからであってあなたのためではありません」
「えー」
唇を尖らせた音也に空の電気ケトルを押し付けて、自分で淹れるならご自由にとだけ言い置いてリビングに広げて置いた資料の前に座る。
翔がインターフォンを鳴らしたのは、音也が自分のコーヒーを淹れ終えてリビングにきた頃合いだった。
同じ部屋で一年、別れて暮らし始めて一年の合計二年弱の付き合いで分かった気になる方が間違っている。
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