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白と赤の夢
リツカさん(@ri2ka)が「いづれ、ふりつむ」で三次創作してくれたよ!!
 夢を見る。白と赤の夢。
 真っ白な雪の中に、いつもの白い装束を纏った己が佇んでいる。
 けれど、目を惹くのは鮮やかな赤だ。雪の上を、自らの衣の上を染め上げる赤。
 足元に転がる首落ちた死体に、ああこれは血か、と認識する。けれど、それを為したのは、戦場でそう物騒なことを口走る大和守安定ではなく、鶴丸国永自身だ。手にした分身でもある刀身に鮮血が滴っている。
 俺は誰を殺したのだろう。
 敵を屠ったときとは違うこの状況に、夢で記憶を辿ることもなく現状を観察していくと、当然のように足元にもう一つ、背を向けた――いや、もう背は別のものとして地面に臥しているから、後頭部を向けた首があった。
 拾い上げ向かい合った顔に、鶴丸国永は驚きと同時に深い納得を覚える。
 その首は彼の見目だけは幼い主のものだった。
 自分が彼女を殺したのか、殺せたのかという驚きと同時に、この状況を作り上げるとしたら、自分が彼女を殺す以外はありえないとも思った。どうだろう、わからない。
 これは誰の望みなのか、それとももしかしたらいつかの自分の記憶の残滓なのか。
 ただ、首だけになった主はとても満足そうに微笑んでいた。



 いつぞやのように、主が縁側に腰掛けて雪の庭を眺めている。ある程度人工的に調整されている天候ではあるが、この雪景色も見られるのはあと僅かの期間だろう。
 先日風邪を引いて以来、燭台切光忠などの面倒見の良い連中に口を酸っぱくして言われたせいか、その後はこの縁側にいるときは大抵半纏だの巻物だので着ぶくれて丸くなっている。纏っているものの色味の統一感のなさからすると、行き掛けに誰かがいろいろと防寒具を足していったのかもしれないし、主自身が頓着をしないせいかもしれない。
 微動だにせず座り続けるその姿に、鶴丸国永は思わず本当に生きているのかと見たばかりの夢を想起してしまう。そもそも刀である自分が夢を見るという事自体が不思議なものだが、あの光景は鮮烈に鶴丸国永の印象に残っている。
「どうした、鶴丸国永。妙な顔をしているな」
 あまりに不躾な視線をぶつけていたのだろう。おもむろに振り返った主の方も妙な顔で鶴丸国永を見あげる。思わずひとつ瞬きをして、主を見返した。視線が行き交って、しばし沈黙が落ちる。
「なにか物珍しいか。今更奇異の目で見られることにどうということはないが」
「いや、すまん。そういうことじゃない」
「そうか」
 それだけ言うと、主は鶴丸国永から興味を失ったように、庭に向き直った。
 人のことをどうこう言えた義理ではないが、主も本当に他者に興味を持たない。そして自身にも興味関心がないこともとうに承知だ。
 鶴丸国永はそのまま立ち去るのもなんだか躊躇われ、主の隣に腰を落ち着ける。それに対しても、主は何も言わない。しかしただぼんやりと雪を眺める姿を、余程雪が好きなのかと微笑ましく思うことはなかった。彼女の雪を好む理由は決して微笑ましいものではない。
 そっとその黒髪に隠れたしろい首筋に手を当てる。そこから力を込めることはなく、触れたそこから彼女の首が落ちることもない。
「今日は熱はないよ」
 触れられたこと自体には主は何の反応も見せず淡々と告げられた。おそらく刀である鶴丸国永の手は冷たいのであろうに。
「やっぱり驚きも嫌がりもしないんだな」
「期待に添えず悪かったな」
「主が冷え過ぎだ。先日の和泉守よりつめてえじゃねえか」
 先日和泉守兼定の、同じように黒髪の下の首に冷たい手を当ててやった時には面白いほど毛を逆立てた猫のような反応があったというのに。その刀である和泉守兼定に人として与えられた体温よりも、主の身体はひいやりと冷えてつめたかった。
「ああ、そういえばいつぞやはぎゃあぎゃあと騒いでいたな」
「反応を面白がって、ちびどもまで首筋触って遊んでやがったからな」
「そなたが教え込んだくせにぬけぬけと」
 小さな短刀の手はそれほどはつめたくはなかったはずだが、怒りも発散しきれなかったらしく、その後和泉守兼定が拗ねてしまって堀川国広がご機嫌を取っていたはずだ。
「まったく、人が刀より冷たくなるまでこんなところにいるから風邪を引くんだろうよ。ちゃんと人らしくしておけばいいものを」
「……珍しいのはそなた自身だったか」
 主がぺたりと鶴丸国永の首を触った。
「刀が風邪を引いて熱を出すというのも聞いたことがないが」
「俺も熱を出すとは聞いてねえよ」
 苦笑して鶴丸国永は主の手を剥がす。
 事実、ここにいる刀剣たちは、大小様々な怪我で伏せることはあっても、病に伏したことはない。
「ここにいりゃあ、畑仕事もすれば食事も取るし、人の真似事はさんざんさせられるけどな」
 誰が仕組んだものか人間の生活というものを営むよう整えられているが、戦わせるために付喪神を喚び出しているせいか、そこに支障は来さないようにできているらしい。
 あくまで刀は刀。人ではない。
「確かにここにいると、時折うっかり人であるような気がしてくるな」
 主がほんの僅かな溜息と共にそう零した。
「主は人だろう」
「これだけ人の理を外れていても?」
「ならば、その理に組み込まれた俺たちは人か?」
 己を人と思っていない者同士、答えを出す術は持ち合わせていない。
「やめよう。定義で何かが変わるわけではないよ」
 早々に主が議論を放棄する。諦念と常に隣り合わせである彼女は割り切りが早い。かといってそこで議論を吹っかけるほどに鶴丸国永も執着がない。平行線にすらならないけれど。
「そうだな」
 鶴丸国永は立ち上がる。
 それでも己が手をかけずとも主は人だと思うし、彼女が望むように畳で死ねるのではないかとは思っている。もしもその後墓に埋まらないというのであれば。
「答えなんか出なくても、なんならあんたが畳で死んだ後、この本丸ごと全部まとめて火でもかけてまっさらにしてしまってもいいかもな。あんたの後ろにいるお偉いさんどももびっくりするだろうよ」
 主を人として終わらせることができるのが、人ではない自分であるというのはどこか奇妙な感覚がする。
 炎上にトラウマ持ちも居るだろうが、別に皆巻き込む必要はない。さらに言えば必ずしも実際にやる必要もない。
 そうだ、自分が黙って墓を暴かれて持ち出させることもなく、自ら終わらせることも出来るのだ。そう考えられるだけでもこの仮初めの人の身体は面白いものなのかもしれない。
「そなたが終わらせてくれるのか」
 少し目を瞬かせ、主が感情の読み取れない顔で問いかける。
 殺してこの屋敷の下に埋めてくれるかと言われた時に垣間見た闇が、またその後ろから広がり始める。
 先日空を切った手を、鶴丸国永は主に向けて差し出すか逡巡して結局は握りこむ。
「さあ、どうだろうな」
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