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2015/03/15
再会
鶴丸国永と厚藤四郎
トーハク組と御物組いいよねっていう……









 死とは、心の腑が動かぬことだと
 誰かが言った。









「あ、名物鶴丸」
 とこちらを呼んだ声の調子は軽く、若かった。勧請されたその場で軽く説明を受け、誰か案内を呼ぼうかと提案する主を制して三方を囲まれた小さな部屋を出てふらふらと縁側から庭に降りたところだった。今までの、人型をとってもあくまで「真似」をしていただけの体ではなく、実際に重みのある肉体は鶴丸国永の好きな驚きに満ちていた。
 同じように庭へと降りてきた相手は二尺五寸九分半の太刀である鶴丸国永よりはずいぶんと小柄で、短く刈られた髪は紺の服と相まってとても育ちが良さそうに見える。どこか見覚えのある服の意匠は、先程、主に旧知ではないかとたずねられたものと似通っていた。刀匠が同一の者たちは、ある程度人型をとったときの拵えが揃うのだ。
「お前も粟田口吉光か?」
 わざわざ喚ばれるぐらいだからそれなりの名物ではあるだろう。
「ああ。オレは厚藤四郎という。そっちは覚えてないだろうが、以前、オレが所蔵されていた東京国立博物館でまみえたことがある」
 背筋を真っ直ぐに伸ばしたままきれいな礼をしてみせたその名には聞き覚えはあった。ともに貸し出された平野藤四郎がまさに、行く先に兄がいるのだと楽しそうに語っていた。
「ああ、平野の。聞いてはいたが挨拶をしそこねたな」
 よほど嬉しかったのか、皇居へと戻ったあともしばらく楽しそうにしていたことをなんとなく覚えている。
「なあに、あんときのこっちは八十弱の大所帯だ。あんたが全部と挨拶してってたほうが驚きだよ。オレの名前も覚えてるとは思わなかった」
 なるほど、と思う。あの時はこういう再会が待ってるとも思わず退屈に過ごしていた。
 驚きがなくてはつまらぬが、予測のし過ぎも驚愕とは無縁になって心が死んでゆく。どれほど長く人をかたどってみてもその加減はひどく難しい。
「東京国立博物館っていうと、天下五剣のうちの童子切安綱と三日月宗近がいたとこか……?」
「そこだ。その二振り以外の銘持ちも号持ちも結構な数がいる」
 どうもあの場のことを思い出せない、と呟けば、だろうなと深く同意する相槌が返ってくる。
「俺はなんぞ頭でも打ったか?」
「いや。でもうちに来たのはだいたい後で会うことあったら同じことを言うからな」
 時期は確か冬の前だった。誰かが、桜の時期であればなだの、紅葉はすっかり落ちてしまったぞだの、もう少し後なら雪が降ろうものをだのを——。
「思い出した。最初から最後まで宴会しかしてないぞ」
 ことり、と心臓が跳ねる。
「そういうこった。みんな娯楽にうえてたからな」
 思わず引けた鶴丸国永の足に気づいた厚藤四郎は、怒ることもなく鷹揚に頷く。
「今んとこ、そこまでの宴会好きはここにはいない。個性が強いのはだいたい号持ちだから、いずれ来るかもしれないけどな。大将は、三日月宗近は呼べるはずだって言ってるけど、捕まらないらしい。ただ、三日月のじーさんも宴会は好きだが自分から開く御仁じゃないからな」
 ものぐさだよなあとぼやく様子がまるで、己のこどもの処遇を嘆くような所作である。
「お前、案内なのか?」
 断ったはずだが、といえばきょとんと首を傾げられた。
「あんたにゃ要らねえだろ」
「確かにいらねえが」
 詳しいことはわからないが知り合いではないだろうかとの前置きで主が教えてくれた鶴丸国永と同じく御物である名物は確かに知遇がある。今眼の前にいる厚藤四郎の弟である平野藤四郎と、古備前の太刀である鶯丸だ。わざわざここで厚藤四郎の手を煩わせずとも、どうにかなるだろう。
 そもそも、何もかもを聞いてしまえば心は跳ねない。
「平野も鶯丸も、もしあんたが来てもほっといてもいいとはいってたけど、通りがかったら知ってる顔だったからな。名前だけだとぴんとこなかったんだよなー」
「なるほど。驚いたか?」
 ことり、ことりと心臓が跳ねる音がする。
「ああ。きっとあんたもあれこれ驚くことがあるぜ」

§

 この時の厚藤四郎の言葉は真実で、話している間に遠征から帰ってきた平野藤四郎との再会を始めとして、思わぬ再会がいくつもあった。
 鶴丸国永の心臓は、いまはまだことりことりと動いていて、止まりそうもない。
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