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審神者のはなし
 
> 審神者のはなし > 模倣する猫の問題
模倣する猫の問題
初期刀、山姥切国広のはなし
「山姥切国広」
 はじまりは、稚き声だった。
 細くて高い少女の声が鈴がふるえるように凛と響き、魂を揺さぶる。
「目覚めや」
 喚ばう声に惹かれて、かすかな浮遊感とともに瞼を開く。同時に足の裏で床を踏みしめる感触を得て、自分が引き出されたことに気づいた。
 顔を上げてまず目に入ったのは美しく着飾った少女だった。いささか時代がかった幾重にも重ねて着る着物に、赤い袴。射干玉の髪には金色の冠を刺し、白い肌に紅をはいた唇が映える。
 しかしながら、その、十歳を超えたかどうかの幼子にまず感じたのはなんとも言えぬ禍々しさだった。己がまさに今、刀剣から呼び起こされた付喪であるということを棚に上げて、化け物と罵ってこの場を逃げ出したくなる。走りださなかったのは少女の後ろにも数多の人がおり、そのすべてが自分を注視していたからだ。
「そなた、名は」
 目の前の少女が光を吸い込むような闇色の瞳でこちらを見つめ、わずかに首を傾げ問うてきた声に若干の居心地の悪さを覚えながらも、おとなしく口を開く。
「山姥切国広だ。……何だその目は。写しだというのが気になると?」
「いいや。よろしゅうたのむ」
 そう応えた彼女が表情を変えぬまま檜扇を鳴らせば、背後に並んでいた者たちが一斉に退出した。
「なんなんだいったい」
 さほど広くはない部屋だ。三方が壁に囲まれ、窓はない。よくある作りだし、ひとはもうひとりしかいないのに、どうしようもない息苦しさに襲われる気がした。
「あれらは二度はそなたの前には来ぬ。忘れていい」
「——なんで俺なんか」
 喚ばれた理由はわかっていた。こちらへと引かれるその前に聞こえていた祝詞が願いをすべて込めていた。過ぎ去った時の中に戻って陰を斬れという。
 けれど、それだけで己を喚ばうのかはわからなかった。自身が国広の最高傑作であるという自負はある。しかし、それだけだ。刀として戦場へ出たことも、歴代の主人とともに名をあげられるような逸話も特に持たない。号ですら己が成したものではなく、本来はそれを成した本作の長義のもので山姥切国広が個で有するものではないのだ。数多ある刀剣でなぜ自身が真っ先に勧請されるのかがまるでわからない。
「加州清光、歌仙兼定、蜂須賀虎徹、陸奥守吉宗」
 まるで歌うかのように羅列された名に覚えはなく、ただ目を眇めて少女を見下ろせば彼女は己の顔をそっと広げた檜扇で隠した。まるで虚のような暗い色の瞳だけがつよく山姥切国広を射抜く。
「そして、山姥切国広」
 最初の、稚い声が偽りだったかのように名を呼ばう深みある声にきりきりと体を絞められるような心地を覚える。いや、間違いなく少女は山姥切国広の生殺与奪権を握っており、今もその声をつたって毒を流し込むかのように一声一声に体の震えが大きくなっていくような心地がする。
「初めにこれより選べと名を聞かされてなんと御誂え向きな、と思うた。——のう、山姥切」
 ぱちり、とふたたび檜扇が閉じられる。
「俺は……写しだ」
「形を写し、名を名乗ることの重みを人ならざる存在が知らぬ訳もあるまい」
「……俺は」
 喘ぐようになんとか絞り出した言葉はそれ以上は続かなかった。
「いつかその名で私を斬ってくれ」

 くにひろ、と囁く声はしわがれてまるで老婆のような疲弊を含んでいた。
 
> 審神者のはなし > いづれ、ふりつむ
2015/02/25
いづれ、ふりつむ
鶴丸国永と。冬の庭やったね記念。
審神者は外見十歳前後、中身八、九十歳の、わりと死期がちかいひと。
 どうした酔狂か、わざわざどこぞの山城を復元したという審神者の居城はところどころ手を入れられているところもあるものの、元来のとおり夏は涼しく冬はより寒い造りだ。水や食料は城内ですべて完結するように作られており、山を降りる必要もないため、鶴丸国永はいまだにここが日本のどこにあるのかを知らない。わかるのはこの地には雪だるまを作って遊べる程度には雪が積もることぐらいだ。
 人に佩刀されていたころはまだ外の様子を見ることができていたが、人から人の手に渡るようになってからは世情にはすっかり疎くなった。たまに展覧会などに貸し出されることもあったが、厳重に守られたままの移動とガラス越しの展示では何を知れる訳でもない。
 その日々に比べれば付喪として覚醒めさせられ、人であるかのように扱われることは面白かった。しかし、過去へと開かれる扉こそあるものの、人の出入りのないただ本丸とだけ称されるこの場所もまた間違いなく箱庭であった。
「主」
 鶴丸国永が探していた主は庭に面した縁側に腰掛けてぼんやりしていた。どれだけの間そうしていたのか、膝の上には雪が積もっている。声をかけても反応のない主の背後に周り、小さな体躯を抱き上げた。主なりに着膨れてはいたがどれだけ呆けていたのか上掛けは溶けた雪で濡れてすっかりと冷えきっている。
「風邪を引きたいのか?」
「もう引いてる」
 ほれ、と鶴丸国永の首筋にあてられた手は驚くほど熱かった。
「……主」
 よく見れば殆ど日にあたることもなく焼けることのない白い顔は発熱のためか赤く染まっている。
「来てくれて助かった。もう動けぬ」
 目を閉じて鶴丸国永の肩に頭を預けると、彼女はそのまま動かなくなった。
「おい」
 こころなしか呼気も荒い。今こそ人型をとっているとはいえ、鶴丸国永はあくまでその本性は太刀であり、本丸に在する同僚と言っても差し支えのない存在たちも皆人ではない。風邪をひく、というのもただ蓄積された知識から引っ張りだした慣用句でしかなかった。
 暫し悩んだものの、もともと夕餉のために主を探すように頼んできた燭台切光忠のいる厨にそのまま足を伸ばすことにした。十になるかならないかのころに成長が止まったという主の体は軽く持ち運ぶのはさしたる負担ではない。
「燭台切、いるか」
 もとは主の式神が食べられればいいというような食事とも呼べぬような食事を作っていただけの厨は、燭台切光忠の参入によって劇的に改善されたという。以前仕えていた主がそういったことが得意だったとかで、鶴丸国永が本丸へと来た時にはすでに厨は燭台切光忠のものだった。
「鶴さん? 主いた?」
「いたけど倒れた」
「は?」
 燭台切光忠は鶴丸国永よりはるかに人に対して有能だった。雪に濡れた上掛けをすぐに脱がせて乾いた布で包み、厨で手伝っていた薬研藤四郎に主の私室を温めに行かせる。時代に逆行した建物はこういう時には不便だと零しながらも、燭台切光忠は手際よく竈に向かって何かをつくり上げると、主を抱えたままぼんやりしていた鶴丸国永にそれを差し出した。
「何だ?」
「湯たんぽだよ。いつもは夜に作ってるんだけどね」
 見慣れぬふわふわとした生地で覆われた暖かな湯たんぽを主の腹の上に乗せると意識はなくとも冷えきっている己に大事なものはわかるのか、ぎゅっと抱え込んだ。
「ほんとはお風呂入れて漬けるのがいいんだろうけど、うちは女の子いないからねえ」
 さすがに食物を取り扱うときには黒手袋を外している手で燭台切光忠は主の熱をはかるように額に触れる。暖かなところへきたからか、血の気が引いて白かった顔色は少し赤くなっていた。
「しかし、僕もご飯のことなら割とわかるんだけど、薬のことはよくわかんないんだよね。こんのすけに聞いたらわかるかな」
 この本丸で唯一、ここへ来る前から主に仕えている式神の名前を耳にして鶴丸国永は首を傾げた。
「加持祈祷なら石切丸がいるじゃないか」
「……鶴さん、さすがにそれは世間知らずが過ぎないかい」
 呆れたような燭台切光忠に反駁しようと口を開いたところで、名が出たからかひょこりと白い狐が姿を表した。
「呼ばれましたか?」
 ふさりとしっぽが揺れる。
「うん、主が寒さから高熱を出しているようなんだけど、対処法はあるかな」
「確認してまいりますね」
「よろしく」
 まるで人のように頭を下げてから狐が消える。狐の言う「確認」の先を鶴丸国永も燭台切光忠も知っていた。
「……外を拒絶してるのは主のほうだろ」
「拒絶してるから外がないのか、外がないから拒絶しているのかは別物だよ。それが実であろうが虚であろうが」

§

 その後、すぐに戻ってきた狐の指示する薬を飲ませた審神者を、薬研藤四郎が整えてくれた自室へと返して寝かせた。
 審神者は薬が効いたのかさして寝込む事もなく、すぐにもとのように本丸のあちこちに顔を出すようになった。歴史修正主義者との戦いはほぼいたちごっこで、完全な掃討というのは根本を叩かない限りはどうにもできないものだとふとしたおりに鶴丸国永は審神者から聞いたことがある。最近ではもっぱら、より昔に遡ろうとする相手を逃してはいないかといまのところ赴くことのできる一番昔である平安末期へとの出陣を命じられることが多かった。逆に、戦う必要のない遠征は、様子を見るためか幕末から江戸への遣いが一番多い。
 鶴丸国永はどちらかといえば前線組で、間断なく出かけることを命じられる遠征組よりはいくばくかは本丸に在中している。とくに内番もなくふらふらとしていたときに、床を上げたばかりのはずの主が座敷でぼんやりしているところに行き当たったのには何の不思議もなかった。
「主」
 流石に縁側に腰掛けて雪が積もるままにしていた先日よりはましではあるものの、障子を開け放した座敷ではあまり状況は変わらない。障子に手をかけて覗き込んだ部屋の中はすっかりと冷えきっていた。
「今日はまだ元気だ」
 ひらりと振られる掌は相変わらず小さく、指先は寒さにか赤く染まっている。
「まだか」
「ああ。燭台切光忠に釘を刺されたからな。火鉢も置いて暖かくしている」
 示された先にはたしかに火鉢はあったが、部屋の広さのわりにおざなりに隅に置かれているだけで、主の防寒には役に立っていないことは明白だった。
「いや、寒いだろ」
 審神者は鶴丸国永の問いには答えず、膝を抱えたまま、ただ笑った。
「雪は好きだ。見たくないものなど全て覆い隠してしまえばいいと言っている気がする」
「あの写しのようにか」
 思わずこぼれた言葉に主が驚いたように目を丸くして鶴丸国永を見上げた。
「どうした」
「そなたでもそういうことをいうのだな」
「なにかおかしいかい?」
 鶴丸国永はひとを驚かせることは好きだが、予測のつかぬことは好きではない。驚かせようと思わなかった時にこうして驚かれると何故か不快感のほうが先に立つ。
「他刀のことなど気にもかけていないと思っていた」
「同じ隊で組むこともあるやつのことぐらいは覚えてるものさ」
「そなたの無知と無関心はわざとだろう? 好奇心を全部殺しているのに驚きがほしいとかわがままめ」
 猫のように殺されぬのはいいようなきはするがなと続ける主は、鶴丸国永よりもはるかに短い時しか生きていないのに何もかもを知っている賢者のようにも見えた。
「――己を大事にしろとは言わないのかい?」
「わたしがか?」
 無邪気な童女にしか見えぬ主にそう切り替えされて、今度は鶴丸国永が珍しくも言葉に詰まった。雪を見ているうちに高熱を出して倒れたばかりなのに再びこうして寒いなか雪見を敢行している主はどう贔屓目に見ても己を大事にしていなかった。
「そなたらと違ってわたしは死ぬよ。このままだと夢に見た畳の上での大往生だ」
 言いながら、審神者は畳に大の字に寝転がる。重いと文句をいう割に切ることのない長い黒髪がふわりと青々としたいぐさの上に広がった。
「夢か」
「もともとずっと管に繋がれて生かされる予定だったわたしが墓にはいれるはずがなかろう? 死んだとしても解体されて標本になることはもう決まっている」
 声はどこまでも軽いのに、主が顔を伏せてしまったせいで表情は鶴丸国永からは見えない。
「墓に納められたものが暴かれるのと、土の下に眠ることもなくずっと飾られ続けるのはどちらがましだろうな」
「さてな。それともそなたがわたしを殺して、血でその衣を染め、体をこの屋敷の下に埋めてくれるか?」
「俺が?」
 くらり、とするはずのない目眩がする。確かに目の前に主がいるはずなのに、すべてを飲み込むような底のない闇が鶴丸国永を手招いていた。
 無意識のうちに浮いていた右手が空を掴んで、たたらを踏む。
「冗談だよ、鶴丸国永」
 するりと、起き上がった審神者が透徹に笑って鶴丸国永の傍を抜けて部屋を出て行く。その後ろ姿をおうことも出来ず、ただ座って己に雪が積もるのをただ、待った。
 
> 審神者のはなし > いづれ、ふりつむ > 白と赤の夢
白と赤の夢
リツカさん(@ri2ka)が「いづれ、ふりつむ」で三次創作してくれたよ!!
 夢を見る。白と赤の夢。
 真っ白な雪の中に、いつもの白い装束を纏った己が佇んでいる。
 けれど、目を惹くのは鮮やかな赤だ。雪の上を、自らの衣の上を染め上げる赤。
 足元に転がる首落ちた死体に、ああこれは血か、と認識する。けれど、それを為したのは、戦場でそう物騒なことを口走る大和守安定ではなく、鶴丸国永自身だ。手にした分身でもある刀身に鮮血が滴っている。
 俺は誰を殺したのだろう。
 敵を屠ったときとは違うこの状況に、夢で記憶を辿ることもなく現状を観察していくと、当然のように足元にもう一つ、背を向けた――いや、もう背は別のものとして地面に臥しているから、後頭部を向けた首があった。
 拾い上げ向かい合った顔に、鶴丸国永は驚きと同時に深い納得を覚える。
 その首は彼の見目だけは幼い主のものだった。
 自分が彼女を殺したのか、殺せたのかという驚きと同時に、この状況を作り上げるとしたら、自分が彼女を殺す以外はありえないとも思った。どうだろう、わからない。
 これは誰の望みなのか、それとももしかしたらいつかの自分の記憶の残滓なのか。
 ただ、首だけになった主はとても満足そうに微笑んでいた。



 いつぞやのように、主が縁側に腰掛けて雪の庭を眺めている。ある程度人工的に調整されている天候ではあるが、この雪景色も見られるのはあと僅かの期間だろう。
 先日風邪を引いて以来、燭台切光忠などの面倒見の良い連中に口を酸っぱくして言われたせいか、その後はこの縁側にいるときは大抵半纏だの巻物だので着ぶくれて丸くなっている。纏っているものの色味の統一感のなさからすると、行き掛けに誰かがいろいろと防寒具を足していったのかもしれないし、主自身が頓着をしないせいかもしれない。
 微動だにせず座り続けるその姿に、鶴丸国永は思わず本当に生きているのかと見たばかりの夢を想起してしまう。そもそも刀である自分が夢を見るという事自体が不思議なものだが、あの光景は鮮烈に鶴丸国永の印象に残っている。
「どうした、鶴丸国永。妙な顔をしているな」
 あまりに不躾な視線をぶつけていたのだろう。おもむろに振り返った主の方も妙な顔で鶴丸国永を見あげる。思わずひとつ瞬きをして、主を見返した。視線が行き交って、しばし沈黙が落ちる。
「なにか物珍しいか。今更奇異の目で見られることにどうということはないが」
「いや、すまん。そういうことじゃない」
「そうか」
 それだけ言うと、主は鶴丸国永から興味を失ったように、庭に向き直った。
 人のことをどうこう言えた義理ではないが、主も本当に他者に興味を持たない。そして自身にも興味関心がないこともとうに承知だ。
 鶴丸国永はそのまま立ち去るのもなんだか躊躇われ、主の隣に腰を落ち着ける。それに対しても、主は何も言わない。しかしただぼんやりと雪を眺める姿を、余程雪が好きなのかと微笑ましく思うことはなかった。彼女の雪を好む理由は決して微笑ましいものではない。
 そっとその黒髪に隠れたしろい首筋に手を当てる。そこから力を込めることはなく、触れたそこから彼女の首が落ちることもない。
「今日は熱はないよ」
 触れられたこと自体には主は何の反応も見せず淡々と告げられた。おそらく刀である鶴丸国永の手は冷たいのであろうに。
「やっぱり驚きも嫌がりもしないんだな」
「期待に添えず悪かったな」
「主が冷え過ぎだ。先日の和泉守よりつめてえじゃねえか」
 先日和泉守兼定の、同じように黒髪の下の首に冷たい手を当ててやった時には面白いほど毛を逆立てた猫のような反応があったというのに。その刀である和泉守兼定に人として与えられた体温よりも、主の身体はひいやりと冷えてつめたかった。
「ああ、そういえばいつぞやはぎゃあぎゃあと騒いでいたな」
「反応を面白がって、ちびどもまで首筋触って遊んでやがったからな」
「そなたが教え込んだくせにぬけぬけと」
 小さな短刀の手はそれほどはつめたくはなかったはずだが、怒りも発散しきれなかったらしく、その後和泉守兼定が拗ねてしまって堀川国広がご機嫌を取っていたはずだ。
「まったく、人が刀より冷たくなるまでこんなところにいるから風邪を引くんだろうよ。ちゃんと人らしくしておけばいいものを」
「……珍しいのはそなた自身だったか」
 主がぺたりと鶴丸国永の首を触った。
「刀が風邪を引いて熱を出すというのも聞いたことがないが」
「俺も熱を出すとは聞いてねえよ」
 苦笑して鶴丸国永は主の手を剥がす。
 事実、ここにいる刀剣たちは、大小様々な怪我で伏せることはあっても、病に伏したことはない。
「ここにいりゃあ、畑仕事もすれば食事も取るし、人の真似事はさんざんさせられるけどな」
 誰が仕組んだものか人間の生活というものを営むよう整えられているが、戦わせるために付喪神を喚び出しているせいか、そこに支障は来さないようにできているらしい。
 あくまで刀は刀。人ではない。
「確かにここにいると、時折うっかり人であるような気がしてくるな」
 主がほんの僅かな溜息と共にそう零した。
「主は人だろう」
「これだけ人の理を外れていても?」
「ならば、その理に組み込まれた俺たちは人か?」
 己を人と思っていない者同士、答えを出す術は持ち合わせていない。
「やめよう。定義で何かが変わるわけではないよ」
 早々に主が議論を放棄する。諦念と常に隣り合わせである彼女は割り切りが早い。かといってそこで議論を吹っかけるほどに鶴丸国永も執着がない。平行線にすらならないけれど。
「そうだな」
 鶴丸国永は立ち上がる。
 それでも己が手をかけずとも主は人だと思うし、彼女が望むように畳で死ねるのではないかとは思っている。もしもその後墓に埋まらないというのであれば。
「答えなんか出なくても、なんならあんたが畳で死んだ後、この本丸ごと全部まとめて火でもかけてまっさらにしてしまってもいいかもな。あんたの後ろにいるお偉いさんどももびっくりするだろうよ」
 主を人として終わらせることができるのが、人ではない自分であるというのはどこか奇妙な感覚がする。
 炎上にトラウマ持ちも居るだろうが、別に皆巻き込む必要はない。さらに言えば必ずしも実際にやる必要もない。
 そうだ、自分が黙って墓を暴かれて持ち出させることもなく、自ら終わらせることも出来るのだ。そう考えられるだけでもこの仮初めの人の身体は面白いものなのかもしれない。
「そなたが終わらせてくれるのか」
 少し目を瞬かせ、主が感情の読み取れない顔で問いかける。
 殺してこの屋敷の下に埋めてくれるかと言われた時に垣間見た闇が、またその後ろから広がり始める。
 先日空を切った手を、鶴丸国永は主に向けて差し出すか逡巡して結局は握りこむ。
「さあ、どうだろうな」
 
> 審神者のはなし > 治らぬ病の名前
治らぬ病の名前
 
> 審神者あんま関係ないの
審神者あんま関係ないの
 
> 審神者あんま関係ないの > 再会
2015/03/15
再会
鶴丸国永と厚藤四郎
トーハク組と御物組いいよねっていう……









 死とは、心の腑が動かぬことだと
 誰かが言った。









「あ、名物鶴丸」
 とこちらを呼んだ声の調子は軽く、若かった。勧請されたその場で軽く説明を受け、誰か案内を呼ぼうかと提案する主を制して三方を囲まれた小さな部屋を出てふらふらと縁側から庭に降りたところだった。今までの、人型をとってもあくまで「真似」をしていただけの体ではなく、実際に重みのある肉体は鶴丸国永の好きな驚きに満ちていた。
 同じように庭へと降りてきた相手は二尺五寸九分半の太刀である鶴丸国永よりはずいぶんと小柄で、短く刈られた髪は紺の服と相まってとても育ちが良さそうに見える。どこか見覚えのある服の意匠は、先程、主に旧知ではないかとたずねられたものと似通っていた。刀匠が同一の者たちは、ある程度人型をとったときの拵えが揃うのだ。
「お前も粟田口吉光か?」
 わざわざ喚ばれるぐらいだからそれなりの名物ではあるだろう。
「ああ。オレは厚藤四郎という。そっちは覚えてないだろうが、以前、オレが所蔵されていた東京国立博物館でまみえたことがある」
 背筋を真っ直ぐに伸ばしたままきれいな礼をしてみせたその名には聞き覚えはあった。ともに貸し出された平野藤四郎がまさに、行く先に兄がいるのだと楽しそうに語っていた。
「ああ、平野の。聞いてはいたが挨拶をしそこねたな」
 よほど嬉しかったのか、皇居へと戻ったあともしばらく楽しそうにしていたことをなんとなく覚えている。
「なあに、あんときのこっちは八十弱の大所帯だ。あんたが全部と挨拶してってたほうが驚きだよ。オレの名前も覚えてるとは思わなかった」
 なるほど、と思う。あの時はこういう再会が待ってるとも思わず退屈に過ごしていた。
 驚きがなくてはつまらぬが、予測のし過ぎも驚愕とは無縁になって心が死んでゆく。どれほど長く人をかたどってみてもその加減はひどく難しい。
「東京国立博物館っていうと、天下五剣のうちの童子切安綱と三日月宗近がいたとこか……?」
「そこだ。その二振り以外の銘持ちも号持ちも結構な数がいる」
 どうもあの場のことを思い出せない、と呟けば、だろうなと深く同意する相槌が返ってくる。
「俺はなんぞ頭でも打ったか?」
「いや。でもうちに来たのはだいたい後で会うことあったら同じことを言うからな」
 時期は確か冬の前だった。誰かが、桜の時期であればなだの、紅葉はすっかり落ちてしまったぞだの、もう少し後なら雪が降ろうものをだのを——。
「思い出した。最初から最後まで宴会しかしてないぞ」
 ことり、と心臓が跳ねる。
「そういうこった。みんな娯楽にうえてたからな」
 思わず引けた鶴丸国永の足に気づいた厚藤四郎は、怒ることもなく鷹揚に頷く。
「今んとこ、そこまでの宴会好きはここにはいない。個性が強いのはだいたい号持ちだから、いずれ来るかもしれないけどな。大将は、三日月宗近は呼べるはずだって言ってるけど、捕まらないらしい。ただ、三日月のじーさんも宴会は好きだが自分から開く御仁じゃないからな」
 ものぐさだよなあとぼやく様子がまるで、己のこどもの処遇を嘆くような所作である。
「お前、案内なのか?」
 断ったはずだが、といえばきょとんと首を傾げられた。
「あんたにゃ要らねえだろ」
「確かにいらねえが」
 詳しいことはわからないが知り合いではないだろうかとの前置きで主が教えてくれた鶴丸国永と同じく御物である名物は確かに知遇がある。今眼の前にいる厚藤四郎の弟である平野藤四郎と、古備前の太刀である鶯丸だ。わざわざここで厚藤四郎の手を煩わせずとも、どうにかなるだろう。
 そもそも、何もかもを聞いてしまえば心は跳ねない。
「平野も鶯丸も、もしあんたが来てもほっといてもいいとはいってたけど、通りがかったら知ってる顔だったからな。名前だけだとぴんとこなかったんだよなー」
「なるほど。驚いたか?」
 ことり、ことりと心臓が跳ねる音がする。
「ああ。きっとあんたもあれこれ驚くことがあるぜ」

§

 この時の厚藤四郎の言葉は真実で、話している間に遠征から帰ってきた平野藤四郎との再会を始めとして、思わぬ再会がいくつもあった。
 鶴丸国永の心臓は、いまはまだことりことりと動いていて、止まりそうもない。
 
> 光忠さんの厨改革事情
光忠さんの厨改革事情
 
> 光忠さんの厨改革事情 > 山羊のはなし
山羊のはなし
一人目の審神者の時に広い敷地の片隅で飼われることになった山羊は変化に乏しい食生活に彩りを与えた。具体的にはミルクとバターの導入であり、洋食の始まりでもあった。後にこの涙ぐましい努力を聞いた三人目の審神者は功労者三振りに褒美を取らせたという。
 
> 審神者、および本丸について
審神者、および本丸について
 
> 審神者、および本丸について > 審神者(ひとりめ)
審神者(ひとりめ)
肉体的な成長のない審神者の話
成長は止まってるけど、テロメアとかそういうのは全部機能してて、むしろどうして成長が止まってるのかわからないっていうかんじでろりばああっていっても十歳ぐらいの外見に中身80-90くらい
そんで特殊体質だっていうんでさんざん実験体になってて、本人はだいぶ諦観してる
だから自分は脳が止まる前に実験体として生かされ続けるんじゃないのかっておもってたんだけど、審神者の方の能力を利用されることになって実験体からはだいぶ解放されて、普通に畳の上で死ねるなって思ってる
あれこれ弄くられてるので体は切り傷いっぱいだしクローン体もいるよ
それもあって「自分は成功した複製体じゃないか」とはおもってる
その場合のオリジナルは「歴史改変主義者」ではないかともうたがってる
仕組み的にあの刀剣太刀全部本体別所にあって怨念のこごりみたいなのを実体化されてるから、結局は誰もかれも写しだよなっておもってて、写しに囲まれた写しで写しの城という箱庭に籠ってることを自覚はしてるけど、地面に近いとこで暮らせることで相殺されてる

実験体で傷いっぱいだし死んでも墓にははいれないあたりまでは鶴さんもしってる
「オリジナルではないかもしれない」のほうは燭台切さんがしってる
 
> 審神者、および本丸について > 審神者(なんにんめか)
審神者(なんにんめか)
「オリジナルがいると聞いている」っていう審神者と「あんたは自分が何人目かも知らないんだ」っていう鶴さん そういう鶴さんも何人目の審神者かなんてかぞえてなくてわからない
山姥切国広が神経質に数えてるのできけばおしえてくれることもある
一人めよりは育つし元気なんだけどどこか脆くてあんまり長生きしない。

二人め以降は記憶操作を受けた上で来てることも多かったんだけど段々細かいフォローが消えてってて、外には余裕がなくなっているのかもってある程度外のことをしらされてるあたりはおもう。
 
> 審神者、および本丸について > 本丸
本丸
箱庭の、箱
わざわざどこぞの山城を復元したという審神者の居城はところどころ手を入れられているところもあるものの、元来のとおり夏は涼しく冬はより寒い造りだ。水や食料は城内ですべて完結するように作られており、山を降りる必要もない。
そのためか本丸の建物自体には玄関があるもののほとんどしめきりで出入りは縁側からすることがおおいし、外側の塀には門が存在しない。
奥津城のほうに書庫とかハイテク部屋みたいなのがある。

燭台切光忠は書庫においてある本が知ってる本と違うのと、あと自分たちに与えられた衣装に使われている技術が知ってるものからあまりにかけ離れているために建物の不便さで誤摩化されているだけなのではって審神者に確認したことがあって、その結果他の人よりちょっと詳しいこと聞かされてる
逆に、展示とかされてたようなこたちは気にしない
鶴さんなんかは審神者の酔狂だとしか思ってない
 
> 審神者、および本丸について > 本丸 > 本丸参入順
本丸参入順
レアリティの残酷な壁
01.山姥切国広
02.愛染国俊
03.山伏国広
04.前田藤四郎
05.今剣
06.厚藤四郎
07.薬研藤四郎
08.大倶利伽羅
09.五虎退
10.平野藤四郎
11.陸奥守吉行
12.鯰尾藤四郎
13.小夜左文字
14.秋田藤四郎
15.乱藤四郎
16.堀川国広
17.江雪左文字
18.宗三左文字
19.大和守安定
20.にっかり青江
21.鶯丸
22.鳴狐
23.歌仙兼定
24.骨喰藤四郎
25.加州清光
26.同田貫正国
27.蜂須賀虎徹
28.石切丸
29.和泉守兼定
30.燭台切光忠
31.へし切長谷部
32.獅子王
33.蛍丸
34.鶴丸国永
35.御手杵
36.蜻蛉切
37.岩融
38.太郎太刀
xx.骨喰藤四郎
39.一期一振
40.次郎太刀
41.浦島虎徹
42.長曽弥虎徹
43.明石国行
44.三日月宗近
45.物吉貞宗
46.後藤藤四郎
47.膝丸
48.髭切
49.小狐丸
50.信濃藤四郎
51.不動行光
52.太鼓鐘貞宗
53.包丁藤四郎
54.小烏丸
55.大典太光世
56.ソハヤノツルキ
57.大包平
58.日本号
残:数珠丸、亀甲貞宗
(2017.1.19.現在)
 
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