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嘆きの在処
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201503
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20150327
燭鶴::自惚れないで
あれは寝穢い、という言を信じたことはなかった。遠目からはどんなにぼんやりしているように見えても、ひとたび近づき気づかせてしまえば彼は寝ていなかったふりがひどくうまかった。だからそれはひどく珍しい光景で、傍らに膝をつくと同時にひらかれた金色の双眸と「間違えた」の一言に深く落胆した。
> 201503 > 20150327
20150327
薬厚::図書室の猫
厚は記録を読むのが好きだという。実際にあった事象が省かれただの紙と文字になるのが好きだという。たくさんの記録が積み重なるうちに少しずつ狂うさまが好きなのだという。悪趣味だと言っても否定することなくただ楽しげに笑うので今日も光の射さない書庫の片隅で読書に耽る足元でまるくなって眠る。
> 201503 > 20150327
20150327
くりつる::Marry me?
君たちは反抗期とか子離れとかなかったの問えば、ふたりともが不思議そうに目を瞬いた。自室にいるかのように互いを枕にして寛ぎきっているけれどここは僕の部屋だよと言いたいのを飲み込んでもう一度問えば、黒の龍は一度したと言い、白い鶴は駆け落ちはできなかったからなと笑った。(つきあってない
> 201503 > 20150328
20150328
燭鶴::素直じゃないとこも可愛くてよろしい。
ふとした折に山羊か牛が欲しいとこぼしたことをどう解釈したのか、数日後に裏山にいたぞと角も立派な雄山羊を連れてきた時には流石にどこに驚けばいいのかわからず、謝辞を述べることも忘れて乳が取りたかったんだと口にしてしまい、返ってきた啖呵に互いに素直じゃなかったと息をついた。
> 201503 > 20150328
20150328
薬厚::優しくしないで
まるで壊れ物に触れるかのようだと思うことがある。何処で焼けたか焼けなかったのか判然としないまま失われてしまっている己の拠り所が粟田口吉光の短刀が持つ信仰だけだと厚が捉えていると知っていることと、理解して許容しうることは別で、恐る恐る触れられた分を返すように今日も力を込めた。
> 201503 > 20150328
20150328
くりつる::図書室の猫
静かなところで物音を立てることもなく書を捲るのを存外に好む大倶利伽羅はその片手間に、すきあらば邪魔してやろうかとまとわりつく俺をいなすことにも慣れていて毎度うまいこと寝かしつけられてしまう。それでも起きた瞬間に目に入るしまったと言わんばかりの顔を見たくてつきまとうのだ。(つきあってない)
> 201503 > 20150329
20150329
燭鶴::言えるわけがない
だらりとありえぬ方向にねじまがった腕をそのままに平然と歩く姿に驚きを覚えなくなったのはいつからだろうか。人の身をかたどっていることと人そのものであると違うのだろうと痺れの残る足を引きずり、細い首に伸びそうになる腕を抑えながら後をついていく。折らせてくれと、言えるわけがないけれど。
> 201503 > 20150329
20150329
薬厚::息の根止めて かきなおしたい
焼身の刀はやくにたたないとわからないこどもがそっと薬研さんを焼け跡から拾って大事に隠す話 後で何かの折に使おうとして使えなくて砕けてしまうけどその刀があるということがこどもにとってずっと心の支えだったんだよ
守るためではなく終わらせるための刃だと厚が言うのが主のことだと気づいたのは最近のことで、では主の息の根を止め続けた刀を折るものは何なのだろうか。
> 201503 > 20150329
20150329
くりつる::最初からやり直したい(現パロ)
つきあってない
何をしていると問いかけることの無駄さは随分前から知っていた筈だがそれでも口にせざるを得なかったのは、真白の装いが常であるはずの保護者がなぜか赤く染まっていたからだ。トマト缶が爆発したとけろりという彼に拳骨を一つ落として、この、絶対に何かをやらかすとわかっていたからこそ呼んでおいたはずの男の姿が見えないことを問えば、やはりけろりと追い返したと言う。
「誕生日プレゼントはまごころがいいのだろう?」
大昔、幼いこどもによこすにしてはあまりにも高価なものをポンと差し出した彼にそう言って贈り物を拒否したのは確かに過去の自分で、今でもあの判断は間違っていなかったのだと思う一方で、毎年己のために何かしてくれようとするたびにこうして後始末が大変なことを律儀にやらかしてくれる瞬間に立ち会うたびに、素直にあの持て余すプレゼントを受け取っておくか、真心などと覚えたてのあやふやなものいいではなく、おめでとうの言葉だけでいいとはっきり言っておくべきだった、と思うのだ。
> 201503 > 20150330
20150330
燭鶴::幸せにするよ(現パロ)
ふと耳に入った言葉に顔を上げる。客ともいえぬ客がいるからか珍しくその役目を果たしているテレビから聞こえたそれを気に留めたのは鶴丸だけで、夕飯の支度のために台所に立つ二人が手を止める様子もない。こうした瑕瑾のない穏やかな時間に浸るたびにその終焉を願う。――ふしあわせにするよ。
> 201503 > 20150330
20150330
薬厚::ここから始まる
月灯りも輝かぬ夜の中、折れた刀の残骸が積み重なっていたのが静かに空気に解けていく。地獄へ堕ちるかとふとこぼせば、既にオレらはそこにいるとのいらえがかえってきた。月に似ているはずの白銀の瞳はぞっとするほど暗く確かにそこには地獄の端緒があった。
> 201503 > 20150330
20150330
くりつる::どうせ無意識なんだろ
てんてんと裸足のまま軽い足取りで白い鶴が先を歩く。目を離せば夜の闇にとけていきそうな希薄さはずいぶんと久しぶりに目にしたが、放置しておいてもやがて帰ってくることは知っていた。聞き届けてもらえぬ名を呼ぶことは遠い昔にあきらめていたから、黒い龍はただあとをついていく。
> 201503 > 20150331
20150331
燭鶴::たとえばの話
やり直したいことなんか何もない、と彼は言った。二回目だと知っていて、器物である己に選択権が与えられたとしても同じ道を選ぶ、と。強いねとこぼすと、弱いだけさと帰ってきた。それが、驚きに満ちるはずの知らぬ道には踏み込めぬ弱さだと気づいたのはあとになってのことだった。
> 201503 > 20150331
20150331
薬厚::重なった偶然
それは無作為の結果であることだけは確かだった。面倒がりの主はいつも刀剣の目の前でくじを引く。それが本当に偶然でしかなかったのは当番の割り振りが離れて初めて思い知った。今日こそはうまくやるつもりだったのにとこぼせば、馬には寂しがっていたと伝えてやるよと言われた。そうじゃない。
> 201503 > 20150331
20150331
くりつる::寂しいなんて言えない
目を閉じてしまえばどこまでも深い眠りに落ちてしまえることを知っていた。姿を顕さずに寝ているものはこの場には存外多く、使われぬ年月の長さに飽いたものが多いからということもしっていた。それでも北の地においてきた子の存在に心引かれているうちはあえて眠らぬことを決めていた。
> 201503 > 20150331
20150331
へし前::関白亭主
主がいない時のへし切は周囲に丁寧に接することもないし、説明もほとんどしない。それで反感を買うのは仕方がないしいっそ他の息抜きになればいいのではないかと思っていた。共通の敵はなぜか結束を固める。なのに、気づけば前田が隣でへし切がこぼしたものを丁寧に拾い上げて笑うのだ。
> 201504
201504
> 201504 > 20150401
20150401
燭鶴::自分のモノには名前を書きましょう。
銘は人のかたちであっても刻まれているのだとふとした時に知った。国永という二字は彼を打った刀工によるもので紛れもなく彼の名の一部でもあるのに、何故か強く所有を主張されているようにも感じて、僕はそこに齧り付いた。
> 201504 > 20150401
20150401
薬厚::つくづく敵わない
お前たちは一対のようだと言われることが増えた。その度にあいつと等しく立てているものか、と思う。それでもなお隣に立つのは互いに羨んで相手が持たぬものを補うような一対で居続けられはしないと二人共が考えているからで、結局のところ正しく俺らは一対なのだ。
> 201504 > 20150401
20150401
くりつる::世界で一つだけの願い事
珍しく外へと出た折にその刀を思い出したのはたまたまだった。最近は退屈にまかれて寝てばかりいて、夢の中でよく見た顔を想起して、いずれ再会した時の手土産にでも、と思っただけだった。その家から一振りも刀が来ていない理由はたやすくしれて、彼がしらぬままあればいいと願った。
> 201504 > 20150401
20150401
へし前::長く一緒にいた影響
このところ甘え過ぎだ、とは自覚していた。取り組んでいた作業を一区切りつけ、息を吐こうとしたとの時にはすでに傍らに息抜き用の熱いお茶と甘い菓子があり、だというのに用意した当人の姿がすでにない。邪魔をしないようにしていてくれるということはわかっていてもなぜか物足りなかった。
> 201504 > 20150402
20150402
燭鶴::Marry me?
何だ折って欲しいのかとこころなしか楽しげな声音が返ってきて、僕は何を言ったんだっけと口にしたばかりの己の発言を振り返った。そんな即座に生死を左右されるようなことじゃなかったはずだ。それでも、彼の言うように僕も彼を折る権利をもらえるのなら悪い話ではないような気もした。
> 201504 > 20150402
20150402
薬厚::たった一分でいい
泣き言を言う暇を許されるような状況じゃなかった。腕の中に抱えた体はまだ熱くて、でも時間がたちすぎれば人のように冷たくなるのだと分かっていた。次に抱き上げる時も変わらず熱くあってくれと願いながら残った敵を屠るために手を離した。
> 201504 > 20150402
20150402
くりつる::嫌味なくらい、できたやつ
鶴さんはりんごの皮が綺麗に剥けない。なおうさぎりんごは作れる
君は本当になんでもできるな、といささか僻むようにこぼされて、お前が言うかと言おうとしてやめた。相手の言うなんでもと、自分の思うなんでもにはわりと深い溝があることは互いにとうに知っていて、それでもたまに羨むときは確かにあるのだ。例えばりんごの皮を細く均一に剥くだとか。
> 201504 > 20150402
20150402
へし前::一行の空白
その書付にはいつも必ず一つ空白がある。一度、疑問に思って尋ねたら、ごくふしぎそうに、余地は作るものですよと言われた。それからずっと、開いた場所のことを考えている。
> 201504 > 20150403
20150403
燭鶴::こっち見てよ
その金の瞳がもっとも美しく輝く時を知っている。敵の血を被り、己の血を滲ませ、真白の装束をあかく染めてなお爛々と機を窺うつよさを知っている。それを向けられぬという安堵よりも失望の割合が多いのはどうかとは自分でも思えども、本質とはそういうものだと知っていた。
> 201504 > 20150403
20150403
くりつる::つくづく敵わない
ただの付喪神だった頃はとんだ腕とかくっつければ治ったのでそんなつもりで二人で手合わせして腕飛ばして手入れ部屋に入れられて審神者以外に怒られたけど特に反省しない二人
いつのころからか手合わせとか模擬戦というようなものをしなくなった。自らの本体を互いに手にして、一瞬の油断で腕の一本や二本が飛ぶ打ち合いを練習とは呼ばないとは誰に言われるまでもなくわかっていて、それでも純然たる殺気を浴びる機会を手放せはしないのだった。
> 201504 > 20150406
20150406
燭鶴::僕の半分
三日月未実装
いつもは眼帯の下に仕舞っている開いたままの瞼が映すのはいつであろうと深い闇で、とろりと底に貯まるようなそれを澱というのだと誰に教えられるまでもなく知っていた。それは誰の体からもほろほろとこぼれて揺蕩い、もっともくらい澱は暗闇の中で最も輝く金の双眸を持っている。
> 201504 > 20150408
20150408
燭鶴::入れ替わり
同じ怪我をしても感じる痛みの強さは個々によるのだという。切り傷が熱を持って身を苛むのは皆同じなのに同じ温度でも感じ方が違うという。だから今手入れ部屋で動けぬ僕の隣で不思議そうに包帯の上から傷をなぞる相手に痛みも苦しみも何もかもが移ってしまえばいいのにと願う。
> 201504 > 春の眠り
春の眠り
くりつるワンドロお題:鳥来月/竜
四月になった。
庭を白く染めていた雪は完全に融け、空は徐々に青さを取り戻し、頬を撫ぜる風は生ぬるい。庭の池の鯉はいつの間にか姿を消していたが、桜はその蕾を解いて爛漫に季節を歌う。
大倶利伽羅がどれほど背をそむけて見ないふりをしてみても、今は逃れようもなく春だった。
何度見下ろしても左腕に竜の姿がないのもまた、春でしかなかった。
思わず吐いた息は深く、肺が潰れるような気もして、これが人の形であることかとも思う。しかし、寝床に座ったまま呆けていても竜が帰ってくるわけもなく、大倶利伽羅はもう一度だけ息を吐いてから立ち上がった。
大倶利伽羅の刀身に彫られた倶利伽羅竜の本性は黒竜だ。本来なら司るものは冬であるはずなのだが、どういう理由か深く雪に閉ざされた奥州の地にあったころも、竜が腕を抜け出すのは春のことだった。
身支度を整えて外へ出れば、色の濃いものから薄いものまでひたすら桜しかない庭が目に入る。早咲きのものも遅咲きのものもあるらしく、まだ雪が残る頃から花が開いていたことを思い出した。おそらく、そのせいもあるのだろう。例年ならもう少し気をつけておく竜の様子を忘れていた。
それでも、今年は探しまわらずに済むのがありがたい。階から庭に降り、やわらかな青草に覆われた道無き道を歩く。迷子が頻出しやすいこの城は大倶利伽羅にとってはどこか懐かしさもある山城で、初期からいたために道を覚えるのも早く、帰ってくれなくなったものを探しだすのによくかりだされたせいで目を瞑ってもそうそう迷うことはない。それは、だいぶ後になってここへやって来た旧知の太刀もで、案内など特に受けなかったはずなのに彼もまたこの城にあっという間に慣れていた。
だから、こんなふうに桜が咲き誇る庭で、彼がどこにいるのかなんて確認するまでもなくしっている。
「鶴丸」
庭の奥、枝垂れ桜の古木の元に真白の装束を纏った鶴丸国永は寝転んでいた。その胸の上でとぐろをまくのは見間違えようもない、己の左腕に棲む倶利伽羅竜だ。
「早かったな、大倶利伽羅」
寝転んだままの蜜色の瞳がやわらかく細められた。
「春だからな」
朝早くから呼びつけたのはお前だろとは言わずに答えにならぬ答えを返して、隣に座る。腕に戻らぬ竜の尾はまどろむようにゆるりと揺れ、つられるように目を閉じれば体を包む陽気は紛れも無く春だった。
> 201504 > 20150413
20150413
へし前::いえない我儘
そのやわらかないろを煤色というのだと教えてくれたのは兄だった。前田よりも随分と高いところにある頭は遠くて、いつもぴしりとは整えられていないその髪を触らせてほしいというのはただのわがままなのだと知っていた。
> 201504 > 20150413
20150413
くりつる::いえない一言
遠くから名を呼ぶ声が届く。細く震えるような物寂しい響きは、同時にいらえがないことに安堵もしていた。退屈な微睡みの中でその声だけが鶴丸を繋ぎ止めている。だからこそ、どれほどいとおしくともかの名前だけは口にできないと知っていた。呼んだら、届くのだ。
> 201504 > 20150415
20150415
薬厚::距離のつかみ方
人の体はそれまでの自分より確固として現世にあり、重みをもって地に繋がれている。熱さえも有する身を動かすのも、近くに集うことなどほとんどなかった兄弟たちによっていくのも物珍しくてべたりとはりつけば己よりはやや体温の低い兄弟に近すぎると離された。
> 201504 > 20150415
20150415
燭鶴::こんなにも愛されている
折られる、愛で
*燭台切さん本体のお手入れ中
やはり光忠は華やかだなととろけるような声が告げる。金色の瞳孔をちいさくして、折りたたんだ足の上に置かれた拳がふるりと揺れていた。その傍らに置かれた彼の本体までもかたりと鍔を鳴らすから、僕はただ本当にそこから動かないでねと念を押した。
> 201504 > calling
calling
くりつるワンドロお題:現パロ/伊達眼鏡
*転生パロ 女体化
*四時間組と虎徹上下未実装本丸
*名前考えるの面倒なので刀剣ままをかぶせてあります
*現パロと転生パロ間違えてたとかそういうことがある
*いれわすれたけど鶴さん伊達眼鏡してるよていだった
魂を揺らしたその声に、恋をした。
誰にも言ったことはないが、鶴丸国永には前世の記憶がある。前世というよりも、同じ魂がそのまま人の身に宿されたというほうが正しいがそれを転生と一言で表すにはいささか面倒な事情をはらんでいた。
鶴丸国永の前世は人ではなく太刀の付喪神だった。
二二〇五年に始まった歴史修正主義者による攻勢に対応するため勧請された刀剣の付喪神たちは、肉の身を纏い、人のように暮らしたが、そのせいで人に近すぎるものになってしまったのだという。そのままでは受け入れられぬと天から提示された条件はふたつだった。
ひとつは、そのまま人の身にうつること。
もうひとつは、刀解を受け無に帰すこと。
刀解をまっさきに諾と受け入れたのは短刀たちのなかでも栗田口吉光の手に依るものたちだった。彼らはもともとがその信仰によってなるところが強く、人にどれだけ近しかろうと異物であると述べた。やはり物語の影響を強く受ける小夜左文字も同意した。逆に信仰のみによってなる今剣はせっかく人の身にあれるのならば兄と弟がほしいと願った。
もともと人に近いところにあった打刀や太刀はやはり人の身を願うものが多く、神域にあった大太刀は刀解を求めた。槍と薙刀もそれぞれの身の振りを迷った上に決めた。
鶴丸国永が完全なる人の身に受肉することを請うたのは、今度こそ墓に入ろうと思ったからだった。
そのせいか、人の世に生まれ落ちてからも己がどのような魂を持っていたのかなどはまるで思い出さぬまま過ごした。
揺り起こされたのは、音を持たぬはずの耳にその名を呼ぶ声を聞いたからだった。
§
生まれ変わった先でその名を口にするのは一度だけと大倶利伽羅は最初から決めていた。
既にはるか遠い過去に預かるという名目で根こそぎ渡された名を相手が素直に受け取ろうとはしないことはさほど短くはなかった本丸での生活で思い知っていて、かといって預かったまま消えてしまうのも座りが悪く、人の身を選んだ。
幼いころは体が追いつかずあやふやなことも多かったが、成長するにつれ齟齬は消え、人の身のままでふるえる神のちからの残滓のようなものの使い方も覚えた。しかし生まれる前から保持し続けた付喪神としての個は産み育ててくれた両親とのあいだにどうしても線を引かせ、高校進学を機に家を出た。適度な距離はお互いにとって都合がよく、関係は多少改善した。
名を寄越した相手を探すかどうかは、人の身を選んだ時からずっと迷っていた。魂が同じであることと、存在そのものが同一であることは似て非なることだ。大倶利伽羅は記憶の欠損もなく、数百年続いてきた刃生の続きとして今を生きているが、相手がそうだとは限らない。だから進学や引っ越しで環境が変わるたびに新たなコミュニティの中に相手がいないかに勝手に怯えて安堵することを繰り返した。
先送りの代償は、家を離れたまま大学に進学し、どうにか一年を過ぎた頃にやってきた。
名義を貸していただけのはずのサークルの新歓に引っ張りだされ、連れて行かれた女子大にすこしだけ損なわれているものの、懐かしい魂があった。
見た目は変わらず美しかったが、どうみても生まれ落ちた性別を違えていた。
ずっと対面することに怯えていたその理由に大倶利伽羅はようやく向き合わざるを得なかった。
本来、肉を持たぬ霊体でしかない付喪神にとって名は存在の根幹を支えるもので、離別を嫌がるこどもに遠くから呼んでも届くからという理由だけで預ける呪ではなかった。思いもよらぬ再会の折に、その声で呼ばれるのは楽しみだったとはぐらかされ、悪い気がしないまま持ち続けるものではなかった。
§
鶴丸国永の耳は彼女に音を運ばない。
うまれたばかりのころから音への反応が薄い我が子を心配した親が病院へと連れて行き、幾つもの検査を経て身体的に異常がないと診断されても、その鼓膜が震えても、それは音として彼女を揺さぶらなかった。生まれた時からの症状であるのに精神的なものではないかと疑われたにも関わらず、鶴丸国永の両親はおおらかに彼女を育てた。生来のものか、環境によるものか少女は多少退屈を嫌いすぎるところこそあるもの両親が危惧したよりもはるかにマイペースに時を過ごした。耳が聴こえないことは彼女にとっては些少であり、世の中にはそれよりも驚くべきことがたくさんあった。
たまに見る、顔も声も知らぬはずの誰かに大切なたからもののように名前を呼ばれて、自分ではない自分が喜んでいる夢は、聞こえぬはずの音を聞ける大事な夢だった。呼ばれている名はなにひとつおぼえはなかったが、それが自分自身に相違ないことだけはわかっていた。
その声を間違いなく受け取るために、自分が耳を閉じたのだろうということもいつとはなしに理解していた。
だから彼女は今日こそはその声が耳に届きますようにと祈る。いつだってだいじに名を呼ぶのに、どこか震えるその声に怯えるなと願う。
なあ、早くその声で名を呼んでくれ。
世界が驚きの音に満ちていると思い出させてくれ。
今更君を嫌いになんてなりやしないさ。
どこにいたって会いに行くよ。
> 201504 > 20150419
20150419
燭鶴::時間よ止まれ
それが寝ぼけからもくるのだと知ったのはごく最近のことで、そもそも彼が僕の前でも眠るようになったのも本当に最近のことで、弟分からの頭さえ撫でときゃ寝るだろなどというまるで役に立たない助言をどうにか活かしてみたところで、咄嗟に向けられた殺意を喜んで享受した。
> 201504 > 20150419
20150419
くりつる::だいたいあいつのせい
雪深い奥州の地で邂逅したうつくしい刀は、その見目が台無しになる中身があるのだと大倶利伽羅に深くなにかを刷り込んだ。ゆえに、大倶利伽羅は集団生活を強いられる本丸の中で優秀な裁定者となりえ、往々にして何故か白い鶴が逆恨みされるのだった。
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