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		<title>箱の中の空</title>
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		<title>echo request/echo reply　01（ついすて/イデアズ）</title>
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		<description>　イデア・シュラウドを呼び出すためにアズール・アーシェングロットを介するものはさして多くない。学内に七人しかいない寮長同士であることは知られていても、二人が同じ部活動に所属していると知っているものは限...</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>　イデア・シュラウドを呼び出すためにアズール・アーシェングロットを介するものはさして多くない。学内に七人しかいない寮長同士であることは知られていても、二人が同じ部活動に所属していると知っているものは限られており、さらにその部活動で仲がいいとまで知っているものは概ね、応じてもらえるかはともかくとしてイデア・シュラウド自身に何らかの伝手を有していることが多いからだ。<br />　だから、彼の呼び出しを教師であるデイヴィス・クルーウェルに頼まれた時、アズールは意外さに内心で首を傾げた。<br />「僕からですか？　いくらイデアさんでも先生の呼び出しを故意に無視はしないでしょう？」<br />　錬金術の授業終わりに呼び止められて告げられた用件を不思議に思いながらも、おとなしくスマートフォンを取り出してメッセージアプリを立ち上げる。かの先輩はたしかにできうる限り部屋へと引きこもろうとしているけれど、教師から授業へ生身で参加しろと言われたときにことさら反抗するようなたちでもない。ものすごくいやそうかつ時間ぎりぎりではあるものの、教室へとやってくる姿はアズールも見かけたことがある。<br />「授業じゃないんだが生身がご指定でな」<br />　肩を竦める教師に、なるほどと頷く。ちょっとした呼び出しや、許されている授業はすべてタブレットによるリモートで済ませることに全力を傾ける相手を確実に生身で呼び出せるのは、テーブルボードゲームで遊ぶことを主眼に置く部活動だけだ。複雑なコンポーネントを実際に対面で遊べる相手がいるというのは格別だと、日中の授業を遠隔で受けていも、放課後になると部室に顔を出すことは珍しくない。<br />「今日の放課後でよろしいですか？　呼び出し先も部室で？」<br />「それで構わん。学園長室なんて指定したらお前相手でも来ないだろう」<br />「……いや、さすがに学園長室ならいらっしゃるんじゃないですか」<br />　イデアが学園長に呼び出されること自体は珍しいことではない。アズールは彼がぶつぶつと不平をこぼしながらも出頭に応じているところに居合わせたこともある。<br />「生身指定が効くのは基本的には特許周りの契約関係があるときだけだな。普段は警戒されてタブレットでしかこない」<br />　この歯切れの悪さは学園長がなにかしたのだろうなと考えながらも、指を動かして呼び出しの文章を打ち込む。口実はいくらでもあるので悩むことはない。誘い文句の最後にメッセージのやり取りをするときにだけ進めているブラインドチェスの指手を添えて送信ボタンを押す。続けてモストロ・ラウンジのグループチャットを確認して特にイレギュラーな事項が発生していないことを確認してから、本日のシフトリーダーへ開店前に顔を出せないことと連絡事項を伝える。<br />「ところで、人手はご入用ですか？」<br />「いらん。仔犬の一匹位、俺だけでどうとでもなる」<br />　念の為に労働力の斡旋を匂わせてみたがあっさり断られたのでそれ以上は粘らずに、幼馴染のウツボ兄弟に放課後の予定変更の連絡を入れてから端末をスリープさせた。<br />「では放課後に部室の前でお待ちしていますね」<br />「前？」<br />　怪訝そうに顔をしかめる教師ににっこりと笑ってみせる。<br />「危険なものはないんですが貴重なものは多くて、最近セキュリティを厳重にしてるんです、イデアさんが」<br />　もちろん、アズールは部員として部屋へ出入りするので鍵を持っているが教師はその限りではない。職員室で保管されている基本の鍵だけで中へ入ることは不可能なのだ。<br />「卒業時には現状復帰するんだろうなそれ」<br />「さて。僕にはわかりかねます」</p><p>§</p><p>　各所へと飛ばした連絡は無事に放課後までにはイデアも含めてすべて了承が帰ってきた。今日はイデアの受講科目はアズールよりも一コマ多いから部室へは先に辿り着ける。新年度、参考にしたいからと強請って見せて貰った先輩のカリキュラムはこういうときに役に立つなと思うのだが、クルーウェルが来るまでの間にどうしても物が多くて雑然としがちな室内を客を入れてもいいと思える程度に片付ける必要がある今はむしろ本末転倒とはいえ、イデアの労力が欲しかった。とはいえ、勤勉を冠する寮の寮長だけあってなんだかんだいいつつも彼が授業を自主的に欠席することはそうそうない。<br />　ナイトレイブンカレッジのカリキュラムはいくつかの基礎魔法教科と実技科目以外に年次による取得制限はない。逆にいうと、基礎魔法教科の単位を取得できないと年次を上がることができない。レオナ・キングスカラーの留年事由はそこにある。とにかく必須科目の出席点がたりなかったのだとアズールは聞いたことがあった。<br />　ただ、専門科目に関しては講座開講前に実施される試問の成績によっては受講資格どころか単位付与が認められることもある。イデア・シュラウドのリモート受講許可はこちらの制度を適応した結果だという。最低限の必修科目の履修が終わり、それなりにフレキシブルな受講が始まる一年次後期開始時の選択科目の試問結果で軒並み満点を叩き出し、面白がった教師陣（とイデアが称した）によりすべての試験を受けさせられた結果、単位数だけならその時点で卒業できるほどの認定が降りたらしい。そうはいっても基礎魔法教科と実技に関してはペーパーだけでは単位付与はできなかったため結果的に今のイデアが生身で受講しているのは基本的には実技を伴う科目と、彼が興味がわかないが必修である魔法史などの文系科目が中心だ。逆に得意科目となるとたまに教師から助手に徴収されていて、死にそうな顔で教室の端にいることもある。<br />　それにしても、それだけ単位を取っていたら三年次には時間割も穴だらけにできるだろうにとアズールが訊ねれば、かの異才からはなんか楽しくなってきちゃってと返ってきた。勉強してるだけで存在価値が認められるのは今だけだしと、授業には出たくないというわりに受講科目は多い。先日聞いて驚いたのは、イデアのためだけに開講されている講座の多さだ。その内容の高度さにナイトレイブンカレッジの教師だけでは対応しきれず、彼一人のためだけに非常勤で招聘されている講師も複数いるのだという。つまり、そのために教師をこの辺境に呼び寄せるよりはとリモート受講が許されているらしい。<br />　最初にこの話を聞いたときに意味がわからなすぎて三度ほど聞き直した。イデア自身は学校ってそういうものでしょと平然としたものだったが、アズールの知ってる常識とは違いすぎて、思わず寄付金の差なのかとついその辺の事象に詳しそうなクラスメイトのジャミル・バイパーを問い詰めそうになったが、直前で理性が働いたので、ちゃんとモーゼス・トレインに質問するだけでとどめておいた。己が利用できるかは置いておいて制度としてはちゃんと制定されている事柄だとしれたのは収穫だったように思う。<br />　ただその受講数の分、試験期間はいつもイデアは物量に埋もれている。正確には試験期間前からレポートの波にのまれている。その時期になると非効率的ではといいながらも紙の文献を積み上げながら自室だけではなく部活動禁止期間前の部室でも執筆を始めるので、アズールは面白くない。ゲームを始めたらちゃんと向き合ってはくれるが、その前後は完全の上の空だ。<br />　使えるものは使えるうちに使うというのはアズールも同意するところだが、誰もが使いたいものすべてを使えるわけではない。アズールの八本の自在に動く足で座学の学習は補えても実践魔法には向き不向きがある。通常なら素材追加のタイミングなどで複数人を必要とする高度な魔法薬の精製や錬金術の行使などは容易くとも、生来の資質に左右されがちな幻想魔法系はアズールの鬼門だ。イメージを正確に脳裏に描いて魔力を使うなどという不確かな解説は理解に苦しむ。魔法を使うことにかけて才能があるとしか言いようがない先輩は曖昧だからこそはっきり扱えるように訓練するんだよと嘯いていたが、アズールにはどうにも難しかった。<br />　概ねどうにか物を寄せ終わったところで、ノッカーが来客を知らせた。内側から開けるにも一定の手順を必要とする扉を開いて、クルーウェルを中へと招き入れる。<br />「ここはチェス部だったか？」<br />　くるりと部屋の中を見渡したクルーウェルがあちこちに置かれたチェスボードに目を瞬いた。<br />「昔は独立していたらしいですね」<br />　必ず一定期間ごとにひとが入れ替わっていく定めにある学校の部活動にはよっぽどのことがない限りは詳細な履歴など残されたりはしない。アズールもかつてチェス部があったということを知っているのは、いくつもあるチェスボードに備品のありかを示すシールが貼られていたからだ。<br />「それにしても多くないか？」<br />　チープな百マドルで買えそうなチップタイプから、ガラスで出来ていると信じたい美しい造形のセットまでどれもこれも中途半端に駒が載っているボードが部屋のあちこちに設置されているのは今がコンテストの真っ最中だからである。<br />「定期的にプロブレム作りが流行るんです。よく出来た物は雑誌に投稿して部費の足しに。今残っているのは検証中のものです」<br />　部費の足し、というところでクルーウェルが顔を歪めかけたが、彼自身が顧問を務めるサイエンス部の無法地帯っぷりが即座に頭をよぎったのか賢明にも言及されることはなかった。<br />　なおこのプロブレム制作大会は、解なしではないが一定期間誰にも解かれないものを作ったものがしばらく予算権限を握ることができる。つまり、欲しいボードゲームがあるものがプレゼンをかけて戦う場でもあるのだ。アズールもイデアもたまに参加しては勝利をもぎ取って欲しいボードゲームを購入している。年度の始まりに分配される学校からの予算が尽きてからが戦いの本番だ。勝ち残ったプロブレムを雑誌に載せてもらって掲載料を稼ぐところまでがセットになるため遊びの幅が減る。<br />「なるほど、貴重なものか」<br />　優れた知恵は価千金にもまさると呟くクルーウェルは今のところ、ボードゲーム部の裏事情については見ないふりをしてくれるようだとアズールは笑みを深めた。<br />　散らばっているチェスボードはたしかにいつもの光景なのだが、実のところいくつかは普段はしまってあるカムフラージュ用のセットと入れ替えたものだ。<br />　チェスは長い歴史がある分、ただ遊べればいい簡易なものだけではなく、贅を尽くしたものも多いのだが、一昔前のものはさらに希少価値が高く、今となっては乱獲が禁止され作ることも許されないような材料が使われているものや、純粋に素材自体が希少かつ凝った装飾が施されているものもたくさんある。かつてあったチェス部はどうもそのコレクションにのめり込んだことがあったらしく、いくらナイトレイヴンカレッジが名門校といえども資産換算すると法外な値段のものがこの部室にはとても沢山あるのだ。<br />　時間が経つ間にそれがどういうものかも失われ、深くは気にしないボードゲーム部の部員たちにあるものは使わないともったいないの精神で適当に扱われてきたのだが、ここ数年でその価値を知るものの入部によってその実態が表沙汰になった。<br />　アズールの入学前なのでその騒動自体は直接は目にしていないのだが、真実を知った先輩たちの動揺は察してありあまる。アズール自身もボードゲーム部に入部して馴染んだあとに、実はとコレクションの実態を知らされて心臓が止まるかと思った。一局どうと先輩から気軽に差し出された美しいチェスセットの駒が、迷ったものしかたどり着けないという宵闇の森の国に棲んでいるという黒曜鹿の角と十年に一度しか行き来する道が開かないという天青の島でしか育たないが伐採が進みすぎて今は採取が禁止されている琥珀杉でできているだなんて誰が知れるというのだ。宵闇の森の国も天青の島も伝説ではなく実在するのだということすらその時に初めて知った。<br />　しかも、そのレベルのものがいくつもあるのだ。部室の厳重すぎる鍵と入部後でもしばらく続いた警戒の理由は十分にわかった。価値がわからないものがいるのも怖いが、価値がわかりすぎるものがいるのも怖い。なんせどれもよく使い込まれているとはいえそもそも制作時に上質な状態保存の魔法がかけられているおかげで傷ひとつどころか駒の欠けひとつない完品で、価値のわかるところに持っていけば目が飛び出るでは済まないような金額がつく。この部室に来た経緯が違法性がないものであることを祈るばかりだ。<br />　隠さずにおいてあるちょっとばかり透明度の高い美しいガラス細工だと思い込みたい駒のセットもやや言いづらい値段がつくらしいのだが、伝説級の素材を使っているわけではないし、コレクションの中ではマシな方だと言うことで普段使い枠である。最初はアズールも恐る恐る触っていたのだが、一年も経つ頃には先輩たちと同じように普通のチェスのように扱えるようになった。とはいえ部外者であるクルーウェルを招き入れるのでプロブレム用の魔法の上から認識阻害魔法をかけてわかりづらくしてある。<br />「イデアさんが来るまで何か遊びますか？　二人で短時間でできるものもそれなりにありますが」<br />　とりあえず椅子を勧めて、先程色々と詰め込んだばかりの棚の前に立つ。本当は茶の一つも出せたらいいのだが、ボードゲームの基本的なコンポーネントは紙で出来ているものが多く、水分をかぶると台無しになりやすいので、チェス部としての過去の遺産の一つであるチェスセットに比べればまだ常識的な値段のティーセットは存在しているが、茶葉と水の備えはない。菓子類も同じ理由で基本的には部室へは持ち込みが制限されている。たまに体験入部をしに来るハーツラビュル生がほとんどいつかぬ理由だ。かつて存在したチェス部はつまりそういうことなのだろうと現役のボードゲーム部員たちの間でたまに話題に上る。<br />「いらん。アーシェングロットこそ今日の錬金術で分からないことがあっただろう。今なら聞いてやるぞ」<br />　先程はこちらの用件を優先したからなと告げる教師に、実は全てばれているのではと内心で肩を竦めながらも遠慮なくノートとテキストを取り出した。</p><p>§</p><p>「え、何これどういう状況？」<br />　やる気があればいくらでも学生の学習に力を貸してくれる教師とのやり取りに熱中しすぎていたと気づいたのは、待ち人の声が耳に入ったときだった。名ばかりの顧問は決して部室へとは赴いては来ないので室内に部員以外の人、それも教師がいるという状況にものすごく腰が引けているのに、ここの部屋のドアを開け放しておくことのほうが危ないと理解しているせいでイデアは手際よく複数の鍵を閉めきる。<br />「よく来たなシュラウド」<br />　自ら退路を断ったことには気付いてないのだろう。あわてて逃げようとするイデアの腕をすかさず捕まえてクルーウェルが笑った。時計を確認すればとうに放課後に入ってそれなりに経っているが、授業終了後に人の行き交いが減る頃合いを伺っていたのなら妥当だともいえる。<br />「ひっ、クルーウェル悪役ムーブ似合いすぎじゃないのなんで捕まってるんです拙者」<br />「先生をつけろ。学園長からの呼び出しだ」<br />　わたわたと抵抗していた長身はその一言でぴたりとすべての抵抗をやめた。燃える髪をこころなしかぺしょりとさせ、恨みがましい目でアズールを見つめてくるその勘の良さが素晴らしい。にこりと笑い返して手元に広げていたものを全て畳んで鞄へとしまう。クルーウェルは普段から快く学生のために時間を取ってくれる教師ではあるものの、授業の前後だけでは聞きづらいことはやはりあるもので試験の足音が聞こえてくる頃合いの今、勉強はよくはかどってありがたかった。<br />　とはいえ本日の標的が捕まってしまえば、部外者を部室にいつまでも置いておくのもよくない。秘密を悟られないようにするには、そもそも秘密があると知られないようにすることが一番だ。閉められたばかりの鍵をクルーウェルからは見えないように気をつけながら開けていく。閉じる手順よりも開ける手順の報が遙かに煩雑なのは、もし万が一部外者が中に入り込めたときにたやすく出さないようにするためだ。<br />　クルーウェルと、彼に腕を捕まれたままのイデアを先に通してからアズールも部室を出て、今度は人を中に入れないために鍵をかけていく。部室内に林立していたチェスボードを名残惜しそうに見ていたイデアへはあとで先程チェスボードを入れ替えるために記録をとっておいた棋譜を送りつけようと胸の内でメモをした。今回はアズール自身は参戦していないので気楽なものだ。<br />　廊下を行き交う人影は既にない。<br />「アズール氏、学園長から何毟り取ったの」<br />　クルーウェルからはすでに対価をとってると看做しているのに油断をしない先輩に殊更ににっこりと笑ってみせれば、ひえと悲鳴が返ってきた。<br />「失敬な。そもそもイデアさんから取り立てることしか考えてません。学園長が支払ってくださるなら吝かではありませんが」<br />　とれるときにとれるところからとっておくのが商人というものだ。今回の元凶から取り立てることについては何の躊躇いもない。先に来ていた連絡からすれば、むしろ遅かったともいえる。<br />「拙者に支払い義務なくないか――ってあー、もしかしてそっちにも連絡行ってた？」<br />　その察しの良さを全方位に向かって使えばもう少し生きやすいのではと思う傍ら、それでは摩耗しすぎるのだろうなと考える。引きこもって人との接触を減らすのは彼なりの処世術ではあるのだ。<br />「おいしいオリーブをありがとうございましたとお伝えください。お礼状はもうお送りしましたがご子息からもぜひご連絡していただければ」<br />　数日前、モストロ・ラウンジ宛てに嘆きの島から予定にない荷が大量に届いたときは何事かと思った。去年のウィンターホリデーにアズールと幼馴染のウツボ兄弟をあわせた三人が珊瑚の海へは帰省しないと聞いたイデアに誘われて彼の地を踏んでから、シュラウド家にはよくしてもらっている。モストロ・ラウンジの開店準備を間を縫った日程だったため、滞在したのは年越しのほんのわずかな日数だけだったはずなのだが、手がかかるようで手のかからない連絡不精の実子よりよく食べるよそのこどもたちのほうがかわいいとシュラウド夫人はのたまい、その時からずっとまるで実家の母親のように気にかけてくれているのだ。今年のウィンターホリデーにはスカラビア寮の事変に積極的に介入した結果、伺い損ねたのは申し訳ないと思っている。<br />「いやオリーブとかこっちには来てないんだが草……来てないはず。どうだったっけオルト――あ、端末全部置いてきた」<br />　デジタルデバイスの申し子のようなイデア・シュラウドがうっかり複数ある端末類を忘れてくるのは、ボードゲーム部の活動においてはよくあることだった。発声の代替手段であるタブレットを必要としない場だからという油断があるのだという。そのうえ、召喚術の応用でいつでも手元に呼べるためわざわざポケットを重くする必要もないらしい。<br />　自由な片手をポケットにやったイデアは空ぶった手を引き抜いてから、今度は改めて指を鳴らして彼の杖を呼び出した。くるくると回る髑髏から浮かび上がった青く光る入力装置《キーボード》にぱちぱちとコマンドをたたき込むと魔方陣が自動的に展開されてスマートフォンが呼び出されてくる。<br />　その仕組みについてアズールは訊ねたことがあるのだが、人によって得意不得意のある魔術を工学の仕組みに落とし込むことによって、誰であっても魔力を流すことによって同じ結果を得られるようにするということらしいのだが、それ以上のことはどうしてもわからなかった。<br />　誰にでも、というわりにイデアの杖にアズールの魔力を流しても同じ結果が得られないのだが、イデアはそれを当然だという。まだまだ開発途中で汎用化には程遠いと嘯いていたけれど、機械的な指令《コマンド》を魔力を乗せて流すだけで魔法が再現される現状だけでもありえない。魔法とはイメージに支配されるものなのだ。決まりきった手順だけで何もかもが再現できるならアズールは幻想魔法に手間取ったりはしない。<br />　が、それを改めてこの目の前の天才に訴えても無駄なことは知っていた。<br />　ゆえに今、アズールが言えることはただ一つだけだ。<br />「あなた、オリーブ食べないでしょう」<br />　正確には食べないのはオリーブだけではないのだが、何もかもに言及していたらすぐに学園長室についてしまう。<br />「食べないけど来たらアズール氏に横流す予定でござった」<br />　去年気に入ってたでしょと聞かれて素直に頷く。お邪魔したウィンターホリデー後に、愚息に送っておいたからよかったらあなた達も食べてねとシュラウド夫人に連絡を頂いておすそ分けしてもらったのだ。美味しかったしかなりの量があったので、モストロ・ラウンジでも使わせてもらって、お礼に珊瑚の海特産の海産物の詰め合わせを贈らせてもらったし、今年も手配した。<br />「多分ですけど、今シーズンはイデアさんところには来ないと思います。ラウンジでもどうぞって結構な量を頂いたので。ラウンジ分のほうに申し訳程度の請求書ついていたの、あなたの入れ知恵でしょう」<br />　近いうちに不肖の実子が迷惑かけると思うのでという先払いの迷惑料としてという名目で作物が送られてくる頻度はそれなりに高く、その、迷惑の元にもうちょっとなんとかといった結果がこれである。そこで迷惑をかけないようにしようとはしないこの先輩は、そういう意味では自己管理に長けていた。<br />「ばれてーら。まあ初回お試しだと思って。対価あったほうが次からも取引しやすいでしょ」<br />「次回用のお見積もりも入ってたんですけど参考価格探したら怖いぐらいの値引きでした」<br />　温暖な気候の嘆きの島は実のところオリーブの有名な産地のうちの一つだ。交通の便がやや不便なため、あまり多量には出回らない分、高値で取引される。<br />「うちの農園、母の実験農場兼ねてるんであんま利益出せないんだよね。安定した供給もできないしかといってオイルにするにも漬物にするにも限度があるし。かといって安く卸すぎるのも市場にどうかっていうんで利用してるのはこっちなんであんま気にしなくていいよ」<br />　島の中だと同業も多くて流せないし、かといってうちは外づきあいもあんましないからと言われてしまえば、反論もしづらい。<br />　アズールが肩を竦めたタイミングでちょうど学園長室へと辿り着いた。イデアの腕は掴んだままクルーウェルが入室の許可を取って三人で中へと入る。<br />「クルーウェル先生、お手数おかけしてすみませんでしたね。お待ちしてましたよシュラウドくん――と、アーシェングロットくんもようこそ」<br />　ディア・クロウリーは珍しい事にいつもはつややかな羽根をややパサつかせて三人を迎え入れた。<br />　部屋の中央にある机の上には両手で抱えるほどの大きさのよく見知った色合いの青く揺らめく炎がのっていて、アズールは思わず傍らの先輩を振り仰ぐも、答えは意外は方から降ってきた。<br />「“シュラウドの迎え火”か」<br />　鼻で笑うような声音のクルーウェルに、やっと腕を開放されたイデアが肩を竦める。<br />「ひひっ、流石にご存知で」<br />「久々に見た。相変わらずだな」<br />「使えるものはがんがん使っていかないともったいないですからな。というか別にこれだけなら拙者の部屋に直接寄越せばいいのになんでまた」<br />「とにかく引き取ってもらえませんか。一週間もお預かりしてたんですよ、これ」<br />　あとこれも、とクロウリーが机の抽斗からやはり青い封筒を取り出して、炎の前で首を傾げているイデアへと差し出す。<br />「サーセン」<br />　受取人に渡った瞬間、ふわっと宛名の金色の文字が光ってぱきりと封蝋が折れる音がした。<br />「んんん？　認証つき？」<br />　顔を顰めるイデアの前にするりと勝手に封筒から抜け出した紙片が浮かぶ。アズールの位置からも紙面は窺えたが、不思議なことにそこに文字が連なっていることはわかるのにその中身はまるで理解が出来ない文字列にしか見えない。閲覧資格を持たぬものには意味がとれないようにする認識阻害のための魔法だ。どういう認証の仕方をしているのかイデアは何の動作もなくそれを読み通しているから、ごく普通の文面としてうけとれているのだろう。ただ、手紙を片手に何かを数えるように指を折っていたかと思うとやがてしおしおと長い手足を折りたたんでしゃがみ込んでしまった。<br />　ぶつぶつと何かをこぼしながら膝に顔を埋める彼の床についてしまった髪をゆるやかに巻き取って、同じように傍に座り込む。<br />「イデアさん」<br />　状況はさっぱりわからないが、オリーブの代金の本命はおそらくこの状況のフォローだろうとあたりはついた。<br />　ひとつのことにのめり込むとイデアは周囲を気にしなくなるし、よく回る思考回路は自己完結型のため放っておくと何もかもを置き去りにして自室で演算するために唐突に転移陣で自室に帰ってしまうこともあるのだ。部室のセキュリティシステムはイデア自身によって転移阻害の術式が組み込まれているのだが、ここは学長室である。もしイデアがセキュリティシステムの構築に関わっていたとしても部室とは違ってバックドアを仕掛けておくぐらいはされているだろうし、ここから逃げられないようにしておく理由もないうえに、いざとなった時のためらいもない。<br />「イデアさん、お手伝いはいりますか。学園長と交渉が必要なら代理で承りましょうか」<br />「えっ」<br />　クロウリーが素っ頓狂な声を上げるのを無視して根気よく声をかけていると、ふっとイデアのつぶやきが止まった。<br />「イデアさん？」<br />　膝を折りたたんだままフィンガースナップ《シングルアクション》で呼び出した入力装置に踊るように指が滑り、いくつもの窓が開いては閉じていく。何かを作業していると言うよりは、情報の確認をしているのだろうと思わせる早さで、ぱちぱちと伸び縮みする青い透き通った画面はいっそ花火のようにも見える。<br />「アズール氏、今日の予定は」<br />「空けました」<br />　もし消灯までに戻れなくとも大丈夫なように既に点呼の仕事は副寮長であるジェイドに任せてきた。<br />「君に仕事の依頼をしたい」<br />「承りましょう」<br />　詳細を聞く前に躊躇いもなく頷く。学長室で話を振られている以上、これはイデア・シュラウドの個人的な依頼では収まらない用件である確率が高い。採算を度外視することはないが、依頼人がアズールをよく知るイデアである以上、最低限の報酬は保証されているからどちらかといえばおいしい仕事だった。<br />「ん、あとで詳細つめさせて」<br />　散らかすように広げていた画面を掌を握り込む動作だけですべて消し去って、イデアはようやく立ち上がり、今度はスマートフォンを取り出す。<br />「もしもし、オルト。焔籠持ってきてもらえる？　そう、大きい方。よろしく」<br />　</p>]]></content:encoded>
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	<item rdf:about="https://drd.cute.bz/fragments/gallery.cgi?no=13">
		<title>Supercalifragilisticexpialidocious!　01（サンプル用/ついすて/イデアズ/転生パロ/記憶あり×記憶なし/名前も違います）</title>
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		<description>　注意　転生パロみたいな、本編百年後くらいの世界です。　イデアは記憶があり人格はほぼそのままですが、アズールは記憶はなく名前も別です。　イデア（？）：イデア・シュラウドのまま通しているし事情を知ってい...</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>　注意</p><p>　転生パロみたいな、本編百年後くらいの世界です。<br />　イデアは記憶があり人格はほぼそのままですが、アズールは記憶はなく名前も別です。</p><p>　イデア（？）：イデア・シュラウドのまま通しているし事情を知っているものたちにもそう認識されているけれど、概ね対外的にはイデア（Idia）からとってイド（Id）と名乗ってる。とある理由があってヴィンセントをその名では決して呼ばない。<br />　アズール（18）：今の名前はヴィンセント・シェル。タコの人魚だが嵐の日に流されてイデアに拾われてからはほぼ陸で暮らしている。イデアがアズールと呼んでくるのを拒否したがヴィンセントの名前を決して呼んでくれないため、『アズール』を崩してアズィーと呼ばれることを許容している。ナイトレイブンカレッジの三年生。アズールとしての記憶はないし記憶が蘇ることもない。完全な別人格なのだが――。</p><p></p><p>　1．帰省トリップ！</p><p>「その行き先は存在しない」<br />　そう告げられるであろうことを予想していたとはいえ、闇の鏡の無慈悲な声に僕はその場で足を踏みならし、蹴られた床の悲鳴のようなだあんという鈍い音が鏡の間に反響した。<br />「やると思いました！」<br />　予想していないわけがない。<br />　三年前、このナイトレイブンカレッジに入学してからホリデーの度にこのやりとりを繰り返して、すでに片手では足りない回数を経ている。そもそも、エレメンタリースクールに通わされることが決まったときも、ミドルスクールにも通わなければならないと知らされたときも僕は家を出たくないと散々反抗につぐ反抗を重ねて家自体を学校近くへ移して貰ったのだが、この全寮制の学校から召喚状が届いたときにはさすがにその手は使えなかった。ことあるごとに僕を海の底にある実家へと帰そうとする保護者《イド》がこの絶好の機会を逃すはずがないからだ。<br />　ナイトレイブンカレッジをはじめとした、入学資格を持つものへと召喚状を一方的に送りつけるタイプの魔法士養成学校への進学拒否は基本的には認められていない。なぜかというと魔法士に関する国際的な条約に基づいて何も知らぬ無知な魔法士を保護する役割を有しているためだ。これは一般的には伏せられている事情なのだが、僕がエレメンタリースクールに通いたくないとごねすぎたときに、いずれ僕ほど魔力を有しているのならば絶対に迎えが来るから多少なりとも同年代のこどもたちと過ごす術を覚えておいた方がいいと教えて貰った。これについては、入学してからそれとなく探ってはみたのだが、三年経った今も真偽は定かではないままではあるものの、生徒たちの出自があまりにもばらばらでそれなりの裏付けは得た気がする。<br />　なんにせよ僕はいずれあの家を出されることも、帰省が簡単には許されないこともわかっていた。わかっているからこそ、大半の生徒が鏡をくぐり終えたあとの閑散とした鏡の間にこうして足を運んで、案内役として立つ学園長の他に誰もいないなか心置きなく地団駄を踏んでいる。<br />「またですかシェルくん。今度こそ保護者の方と話し合われたのでは」<br />　わざとらしい溜息をつきながら、闇の鏡の傍らに立っていた学園長が両手を広げた。大仰な仕草と共に背負っている烏の羽がわさっと広がって目障りだ。かといって、これからバカンスですといわんばかりのアロハを着た姿でも同じように目障りなので、着ている服ではなくて学園長自身に苛つく原因があるのは明白だった。学内でもたまに闇討ちされているのを見かける。<br />「話し合いましたとも。イドもいい加減、僕が諦めないことを諦めればいいのに」<br />　この前のホリデーの終わりはいつもと同じように平行線で終わった。カレッジに入る前から延々と続けているやりとりだから、もはやなんの新鮮味もない。こどものように駄々をこねるだけではないのにいつだってイドは僕を軽くあしらって話を真剣には聞いてくれないままだ。<br />「おやおや、自分が出来ないことを相手に押しつけるものではありませんよ」<br />　あなたが諦めきれないように、彼も諦められないだけでしょうにと何もかもを解った風に言われてちっと舌打ちをする。このやっかいな大人は間違ったことはいってこないからやっかいなのだ。<br />「――だったら僕だって諦めなくてもいいはずだ」<br />「まぁ、そうですね。それで、どうしますか？　行き先の変更なら受け付けますよ。私、優しいので」<br />　今ならこの仮面を剥ぎ取って床にたたきつけても許されるのではないかと思うものの、そんなことはただの時間の無駄だということもわかっていた。<br />「変更します」<br />　あらかじめ調べておいた座標を告げると、今度は拒否されることなく闇の鏡がゆらりと光る。行き先の名称などという曖昧な指定で可能になるあまりにも便利な移転だけではなく、緯度と経度で厳密に指定できるという裏技を教えてくれたのは保護者《イド》本人なのに、どうしていつまでも僕が帰る場所と定めているあの家の場所をどこかへと移してしまうのを諦めないのだろう。<br />「ところで参考までに聞きたいんですが、いつもどのように特定してるんです？」<br />　あの保護者さんが何の対策もしていないはずはないと思うんですけれどと不思議そうにしている学園長に、イドへと告げ口する意図などはないことはわかっているが、この軽い口にうっかりこぼされてしまってはたまらないので、相手を真似て両手を広げて見せた。<br />「黙秘します。保護者に技術は安売りするなと厳しく言われていますので」<br />　そういいきかせてくる本人は実はわりと自分が作り出すものへの頓着がないのだが、おそらくその作品を積極的に外へ持ち出すことが殆どないからなのだろう。ただ、雑に扱っているようでいても、自分が作るものの価値にはいつだって真摯で卑下することはない。<br />「結構。よいホリデーを」<br />　ばさりと烏の羽がゆれるのを横目に鏡へと足を踏み出す。<br />「よいホリデーを」</p><p>　　　　　　　§</p><p>　鏡をくぐり抜けた先は見知らぬ荒野のど真ん中だった。風は強く吹いているし、空は雲が重く垂れ込めていて今にも雨が降り出しそうだ。手にしているトランクには帰省のための最低限の荷物しか入れていないから、当然折りたたみ傘すらも入っていない。<br />　ぐるりとあたりを見回すと、やや離れたところに見慣れた家がぽつんと立っていた。探査魔法で得ていた結果に間違いがなかったことに安堵して、歩き始める前に指を鳴らして簡易の風雨よけの魔法を張る。長くは保たないが、屋根の下に辿り着くまでを凌ぐには十分だ。<br />　いつも思うのだが、イドはどうやってこういう人がさっぱり住んでなさそうなところを探し出しているのだろう。僕が知る限り、自分で歩き回って探すほど外に出ていることはなく、インターネットなどで人がいないと言われるところは結局のところに人に認知されているから、本当に人がいないということがない。だというのに、イドが移転に選ぶ先は国も地域もばらばらなのに、どこも等しく人里からは遠かった。ちいさいころには朝起きて、ドアを開けたら全く違うところにいると気付くその瞬間がたまらなく楽しみだったこともある。<br />　しかして、今はそれを楽しめる余地などまったくない。闇の鏡に帰る場所としてこの家を指定する度に「存在しない」と告げられるのは辛くて悲しい。<br />　うかつに嵐に近寄って遠くまで流されたグズでノロマな人魚のこどもを拾ってくれたのはイドで、本来陸では生きられない人魚を救ってくれたのもイドで、僕にはイド以外はいないのに、イドだけがいつも僕にはもっと他の世界があると言い続けている。<br />　イドは僕が頑固だというけれど、イドだって負けず劣らず頑固なので、僕らはお互い様だと思うし、イドは自分がやってることをもっとちゃんと振り返るべきだ。<br />　急ぎ足で辿り着いた先で、いつだって僕を拒むことのない扉があっさりと開く。物理的な鍵なんてかかっていたためしはない。でも、イドの意に沿わない客を容赦なく簡単に閉め出す仕掛けが施されていることは知っている。ごくまれに招かざる客が入り込もうとしては何も出来ずに去って行く。だからたぶんこうして家に入れるうちはどれだけ拒否されているように思えても許容されている。<br />「イドの馬鹿！　ただいま！」<br />「おかえり、アズィー」<br />　辿り着いたいいにおいに満たされたキッチンで青く燃える炎が振り向いて、自分がした仕打ちなんか忘れたように手を広げてやわらかく微笑んだので、僕はトランクを投げ捨てて遠慮なくその腕の中に飛び込んだ。ぎゅうぎゅうと締めつけても、のんびりと僕の背中を叩いてなだめてくるのはこども扱いしかされていない証だと知っているから込める力に遠慮はしない。もっとちいさい頃は僕をかかえたままソファへと移動していたイドが最近は僕が飽きるまではそのままでいてくれるのをいいことに、骨ばった肩に顔を埋めて深く息を吸い込む。イドの魔力の表出だという炎でできた髪の毛は特に匂いはしないのだけれど、僕は昔からこの揺らめく青にもぐりこむのが好きで、イドに剥がされない限りはよく張り付いていたものだった。<br />「あれ、髪伸ばしたの、アズィー」<br />　珍しいねと言いながら、楽しそうにイドが後ろに一つにくくった僕の髪をゆるく梳く。さすがに気づかれたかと溜息をついて、だらりとイドへと体重をかければ、それが幼い頃からのささやかな言葉にはしない程度の抗議の意味だと知っている相手はふひひと笑って、すでに小さくもなんともない僕を危なげなく片腕に抱き上げた。<br />「似合ってるよ」<br />　完全にちいさいこどもをあやす調子になってしまったので、掌に魔力を纏わせて燃える髪の毛をぐいぐいと引っ張ったが、イドは慣れたもので、キッチンの隅っこにおいてある僕のための椅子に僕を据えた。どれだけ強く握りしめていても、実体があるようでない炎はイドが根本の方を払ってしまえば掌の中からすり抜けていく。<br />「ちょっと遅いけどお茶にしよう。この前、オルトがそろそろホリデーで帰ってくるアズィーのためにって豆も葉も送ってくれたけど何がいい？」<br />　オルトくんはイドの実家《シュラウド》の家令で、人じゃなくてロボットで、エレメンタリースクールに入るまでは僕の先生でもあった。イドに何を言われても両親に泣かれても頑としてこの家を出ようとしない僕に陸で生きるためのいろんなことをたたき込んで、イドの説得を手伝ってくれた恩人でもある。お世辞にもできがよいとはいえなかった生徒の僕を今でも気にかけてくれていて、こうしたホリデーの折に差し入れをくれることもよくあった。<br />「紅茶を」<br />　あたりに漂う香ばしいにおいの正体はとっくに知っている。<br />「はいはい」<br />　僕に背を向けたイドは、鼻歌交じりにドクロ型のガジェットを傍らに浮かべてオーブンから焼き立てのキッシュを取り出し、戸棚から食器を呼び出した。ふわふわと宙を漂よわせたままカップや皿をまとめて洗浄し、キッシュも切り分けていく。ポットはコンロにかけられているが、火の制御はやはり魔法で行われている。<br />　魔法士にとっては平行思考とマルチタスクは普通だよというイドの言葉は正しい。だが、イドほどの精度と数は普通ではないというのはナイトレイブンカレッジに入ってから知った。僕は人魚の姿であれば十本の手足があるからか数だけならそれなりに対応できるわりに精緻な作業はやや苦手だったのだが、いざ入学してみたら同級生はおろか上級生を見渡しても魔法操作に関して僕の技術はずば抜けていた。教師にさえ教えられることはないと匙を投げられ、実践授業にも拘わらず受講免除されたあげくになぜか魔法操作の講義の助手に任命された。<br />　ちなみに教室で受講する生徒たちに目を配っていたら視野の広げ方のコツを掴んでしまい、魔法操作の腕も上がった。ただそれでもイドの腕には及ばない。習練の仕方をイドに聞いてみたこともあるのだが、できるからというなんの参考にもならない答えだった。<br />　天才というのは本当にやっかいだ。この家に使われている魔法と魔導工学の技術は外の世界のどんなものよりも遙かに高度だとはずっと知っていたけれど、実際にナイトレイブンカレッジで他の魔法士の技術に触れて初めてどれほどすごいものだったのかを思い知った。僕が打ちのめされずにすんだのは、もともとイドという壁が途方もなく高いことを理解していたからだというだけだ。<br />　お茶の用意を整えたイドは再び僕の前に戻ってきて、またも片手で僕を抱き上げた。ちいさい頃から今に至るまで、イドは僕を抱きかかえるときに魔法を使わない。その理由は力加減を間違えたら怖いからだというのは何の冗談かと思ったことがあるのだが、オルトくんによると嘘ではないという。魔法というのはイマジネーションで制御するから、ちょっとした思考の乱れで簡単に駄目になるのは確かだが、僕はイドが取り乱すところを拾われた時から今まで一度も見たことがない。<br />　僕が、大事に甘やかされているのだとは知っている。<br />　辿り着いたダイニングルームで僕がイドの手で引かれた椅子に丁寧に降ろされる傍ら、ダイニングテーブルに飛んできた大きめに切り分けられたキッシュが僕の前に着地し、ポットからは十分に蒸らされた紅茶が注がれた。<br />　キッシュが置かれるのは僕の前だけだ。イドがパイ皮から作る海鮮がたっぷりつまったキッシュは僕の大好物だが、イドはよく作ってくれるわりによっぽどのことがない限りは食べない。つまり、イドは僕が簡単に帰ってこれないように家を移転させたにもかかわらず、わざわざ時間を合わせてまで僕のためだけにキッシュを焼いているのだ。<br />　帰ってきて欲しいのか欲しくないのかはっきりして欲しいけれど、こうして歓迎されている間は少なくともすぐに追い出されたりはしないのだということにいつもほっとする。<br />「どうぞ」<br />　向かいに腰掛けたイドがそう告げて自分のマグを手にしたので、僕も添えられたカトラリーに手を伸ばした。<br />　焼きたてのパイ皮はまださくさくで、たっぷりと練り込まれたバターのにおいが食欲をそそる。<br />「おいしい」<br />「そ、よかった」<br />　オルトくんがいうには、イドは以前は料理をするどころか、食事さえも粗雑にしていたらしい。僕が拾われたばかりの頃はよく「何食べる？」と聞かれたものだけど、それはタコの人魚である僕の食事事情を慮ったものだと思っていた。<br />　海の中にも調理の習慣はあるし、僕の親戚はリストランテを経営していてかなり繁盛しているけれど、なんせ水に満ちた世界なのであまり加熱することはない。海底火山のある地方ではまた違うというが、僕は直接は知らない。<br />　一方イドはそれまで僕が食べていたような生魚は嫌いだ。食に頓着のないイドが嫌うなんてよっぽどなのだなと今なら思うが、何も知らないこどもだった僕は聞かれるたびに貝が食べたいとか魚が食べたいとか好き放題にリクエストしていたし、用意された食事が僕のものだけだったことにもなんの疑問も抱かなかった。人間と人魚では食べるものが違うのだと信じていたのだ。<br />　イド自身が食事に興味がなさすぎたからこそのすれ違いだった。今は色々あって、イドもそれなりに自分のためにも食事を作るし、食べる。生でなくても海鮮はあまり食べないのは僕が喜んで食べるのでつい分け与えてしまうせいだと聞いたことがあった。<br />「それで、髪はどうしたの？」<br />　楽しそうに笑うイドの足をテーブルの下で蹴っても、にやにやとしたままで引く様子がない。<br />　銀色にうねる扱いづらいこの髪は僕のコンプレックスのひとつで、それでもイドが好きだというのでどうにかこうにかなるべく短くしながら付き合ってきていたのだが、こんな風に伸ばさざるを得なくなったのはここひと月ほどのことだ。<br />「……魔法薬学で……」<br />　と、言葉を濁せば、卒業生であるイドも、ああと明後日の方を見た。<br />　錬金術や魔法薬学における事故はナイトレイブンカレッジ名物ともいってもいい。魔法薬というものは繊細でちょっとした量の違いで全く違うものが出来上がるし、怖いもの知らずの生徒たちは迂闊にそれを使っては何かしらの騒動が起きるのだ。<br />　大抵は教師によって速やかに解除薬が作られるのだが、今回は偶発的に作成されたものが毛はえ薬だったために、その合同授業で指導役に回っていた三年生に罰則という名の治験と、反省文と称したレポートの提出が課せられた。<br />　古今東西いつでも求められている二大魔法薬のうちのかたわれだから仕方がないが、短時間で結構な長さになっている時点で絶対に何かしらの反動があるだろうとうちのクラスの意見は合致している。これまでも多種多様な毛はえ薬が開発されては闇へと沈んでいったのにはやはりそれなりに理由はあるのだろう。<br />　なお、もう一つの夢あふれる魔法薬といえば不老不死薬だがこれは薬ではどうにもならないのではというところに最近では結論が落ち着きつつあるらしい。百年くらい前にいた魔導工学の発展に著しく寄与したというイデア・シュラウドという学者が魔法薬が人体へもたらすありとあらゆる効用を検証し纏めた論文の研究が進んだ結果だという。<br />　最初に魔法薬の授業で彼の名が出てきたとき、魔導工学の学者で、という出だしだったので、後に続いた文章の意味を取り損ねた。魔導工学の学者がなぜ魔法薬学の論文を検証に時間がかかるような精度で出したうえに発展にまで寄与しているのかさっぱりわからない。その後、一体どういう人だったのかを調べてみようとしたのだが、開発に関わった技術をはじめとして、各種受賞した賞など名前だけは色々なところで見ることができたが写真は一枚も出てこないし、授賞式での集合写真すらでてこなかった。経歴もかろうじてナイトレイブンカレッジを出ていることが解るぐらいだ。<br />　そのわりに専門である魔導工学はもちろん、専門外であろう魔法薬学や錬金術、はては魔導医療や魔法技術を必要としない航空工学や宇宙工学など本当にあらゆるところに名が残っていたので、とにかく多方面に秀でていたらしい。シュラウドという家名からイドやオルトくんにも聞いてみたが、イドは興味がないからよく知らないというし、オルトくんには情報開示のための権限が足りないと言われておしまいだった。手がかりがありそうでないこの状況が意図されたものだと分かったことだけが収穫といえる。<br />　死後も情報統制してるってなんなんだ、後世の歴史学者がかわいそうじゃないのか、二百年後ぐらいになったら技術的なミッシングリンクが発生してるんじゃないか、技術は残ってるからいいと思っていたのかなどと、調べた直後の勢いでにイドにまくし立てたら珍しいことになんの反論もせずにふらふらと自分の部屋に篭ってしまい、そして後でなぜかオルトくんに謝られた。<br />　世の中に出てこないものはそれだけの理由があるのだと飲み込んだのはそのときだ。<br />「そうだ、イドに学園長から依頼が」<br />「断って」<br />　イドが最後まで話を聞かないのはいつものことなので、とりあえず先刻キッチンに投げ捨てたトランクを魔法で手繰り寄せた。<br />「今、僕が治験に協力している毛生え薬の成分分析なんですが」<br />「クロウリーが？　わざわざ？」<br />　取り出した手紙を今度は無碍にせずに素直に受け取る。メールで寄越せというかと思ったのに、素直に封蝋を割って僕に文面が見えないように開いた。こういうやりとりを見るといつもイドもナイトレイブンカレッジにいるあいだはかなりいろんなことをやらかしてきたんだろうなと感慨深くなる。僕がいうのもなんだが、ごく一般的な一生徒だったらイドの側はともかく、学園長のほうが覚えてないだろう。<br />「思ったより真っ当な依頼……うーん。アズィー、なんか聞いてる？」<br />　無造作に机に放られた手紙にぎょっとしたけれど、不思議なことにそこに文字が連なっていることはわかるのに、その中身はまるで理解ができない文字列にしか見えない。ということはこれは魔力認証による閲覧資格を持たないものへの認識阻害紙《マジックアイテム》だ。話には聞いたことがあったけれど、実際に目にすることがあるとは思わなかった。どれほど魔力が高くても認証が合致しない限りは読み取れない高セキュリティアイテムのため、作られたのはずいぶん昔だというにもかかわらず今以て重用されている。欠点は送信者が受信者の魔力波長を何らかの形で所有していないと鍵をかけることができないことぐらいだ。魔法士は基本的に秘匿と隣り合わせであるため、鍵として自身の魔力を使うことが多く、滅多なことでは他人に預けたりはしない。僕はこの家の自分の部屋に鍵をかける許可を家主であるイドから貰うために提示しているが、その時のやりとりだってしちめんどくさかった。どれほど相手を信用していてもなんの担保も無しに差し出すのはよっぽどのことがないと難しいのだ。<br />「聞いてはないけど、治験対象者は契約魔法で秘匿を要請されてる。でも毛生え薬でしょ？　そんなに危ないもの？」<br />「魔法薬って化学薬と違ってファジーに効きすぎるから人体の一部を意図的に成長させる魔法薬って基本的に禁制品で、学生が間違って生成しないようにかなり厳密にカリキュラムが決められてるはずなんだよね。具体的にはカレッジぐらいだと既存に判明しているレシピと五割一致する時点でアウト。禁制薬に関しては魔法薬精製に関する一般資格をすべて取得したあとの上級資格もすべて獲得した後に初めて開示される情報で魔力なしに対しては絶対の口外禁止の誓約も必須だからアズィーも知らないふりしておいてね。拙者に来てる依頼は、既にあるレシピの近似品なのか全く別のアプローチからの成功品なのかの判定依頼っすな」<br />　ものすごくあっさり聞いてはいけないことを聞いてしまった気がする。これまで作られかけては失敗作扱いされてきたのだと思っていたが、これは違うな。成功して隠匿され続けてきたのだ。技術的に作れないものではないとは思っていたけれど、そこまで制限をかけているということはおそらく生徒でもその手のものを作りそうなものは別途注意勧告を受けるのだろう。魔法士にかけられる制限の多くは根本的には魔法士の保護を目的としたものだ。<br />「知らないふりでいいの？」<br />「アズィーが知ること自体は別に。以前の誓約生きてるし」<br />　以前、の言葉にきゅっと唇を噛んでいる間にイドはいつの間にかどこからか取り出したペンで流れるように開いたままだった手紙に何かを書きつけた。そしてインクが乾くのも待たずに最初とは違う形に畳むと同時に、ふわりと鳥の形を取ってどこかへと羽撃いていった。おそらく学園への召喚状と同じ仕組みのものだ。それができるならイドへの連絡もそれでと考えかけてすぐに却下した。学園長から届いた手紙をイドが自分から読むはずがない。<br />　と、考えていたことがわかったのかイドがじとりとこちらを睨んだ。<br />「言っておくけど、本当に秘匿したいことはどんな形であれアウトプットしないことが一番だけど、誰かに伝えたいのなら紙はすごく有効だからね。個人宛のメールであろうともネット経由は絶対にしちゃだめ」<br />　一度電子の海を通ったものは拾えるからねと何でもないことのようにイドがいうことが、概ね本当なのだと信じるようになったのはいつ頃からだっただろうか。イドは自分ができることを必要以上にはひけらかさない。できることはできる、できないことはできない、で終わりで、たまにそのできないことを補うものを作ったという報告をよこす。大体はものすごくどうでもいいものだけど。箒を使う飛行術が苦手だからと空飛ぶ靴を作った、とか。いや、すごいんだけど動機がどうでもいいというかなんというか。なお、靴だけでバランスをとるのが難しすぎてイドでは空を飛べなかったので、僕のものになった。<br />「だからイドはメールしないの？」<br />　どうせ見ないとイドが言うので僕はイドの個人的な連絡先を何一つ知らない。手が空いたときに遊んでいるらしいソーシャルゲームやネットゲームのアカウントさえ、何一つ。一緒に住んでいるならともかく、ナイトレイブンカレッジに入学して家を離れると決まったときに改めてたずねても無駄で、取り付く島もなかった。見かねたオルトくんが自分あてに連絡くれれば責任持ってイドに届けてくれると申し出てくれたので、僕は日記のように毎日何かしらを書いては送りつけた。<br />「拙者はね、アズィー。メールの相手をしてくれる人がいないの、今」<br />　メールボックスにはスパムだけが溜まってるってわかってるから開く気も起きない、とイドは言うと椅子に座ったまま器用に姿勢を崩す。<br />「以前はメールでチェスを打ったりもしてたけど」<br />　じとりと僕を見てくる目は暗い。イドがこういう言い方をするときに思い浮かべている相手はただ一人だけだ。<br />「……僕はアズールじゃない」<br />「君はアズールだよ」</p>]]></content:encoded>
		<dc:date>2021-05-19T22:45:00+09:00</dc:date>
	</item>
	<item rdf:about="https://drd.cute.bz/fragments/gallery.cgi?no=12">
		<title>君の青の庭 01.（ついすて/イデアズ/転生パロ/記憶あり×記憶なし/名前も違います）</title>
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		<description>「僕のかわいいアズィー。約束だよ」「その行き先は存在しない」　そう告げられるであろうことを予想していたとはいえ、闇の鏡の無慈悲な声に僕はその場で足を踏みならした。「やると思いました！」　想像がつかない...</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>「僕のかわいいアズィー。約束だよ」</p><p><br />「その行き先は存在しない」<br />　そう告げられるであろうことを予想していたとはいえ、闇の鏡の無慈悲な声に僕はその場で足を踏みならした。<br />「やると思いました！」<br />　想像がつかないはずがない。ホリデーの度にこのやりとりを繰り返しているのですでに片手で足りない回数なのだ。わかっているからこそ、大半の生徒が鏡をくぐり終えたあとの閑散とした鏡の間にこうして足を運び、地団駄を踏んでいる。<br />「またですかシェルくん。今度こそ保護者の方と話し合われたのでは」<br />　わざとらしい溜息をつきながら、闇の鏡の傍らに立っていた学園長が両手を広げる。わさっと背負っている烏の羽が広がって目障りだ。<br />「話し合いましたとも。イドもいい加減、僕が諦めないことを諦めればいいのに」<br />　前のホリデーの終わりはいつもと同じように平行線で終わった。カレッジに入る前から延々と続けているやりとりだから、もはや今更なんの新鮮味もない。いつだってイドは僕を軽くあしらって話を真剣には聞いてくれないままだ。<br />「おやおや、自分が出来ないことを相手に押しつけるものではありませんよ」<br />　あなたが諦めきれないように、彼も諦められないだけでしょうにと言われてちっと舌打ちをする。このやっかいな大人は間違ったことはいっていないからやっかいなのだ。<br />「――だったら僕が諦めなくてもいいはずだ」<br />「まぁ、そうですね。それで、どうしますか？　行き先の変更なら受け付けますよ。私、優しいので」<br />　今ならこの仮面を剥ぎ取って床にたたきつけても許されるのではないかと思うものの、そんなことはただの時間の無駄だということもわかっていた。<br />「変更します」<br />　あらかじめ調べておいた座標を告げると、今度は拒否されることなく闇の鏡がゆらりと光る。緯度と経度で行く先を指定できるという裏技を教えてくれたのは保護者《イド》本人なのに、どうしていつまでも僕が帰る場所と定めているあの家の場所を移してしまうのを諦めないのだろう。<br />「ところで参考までに聞きたいんですが、いつもどうやって特定してるんです？」<br />　不思議そうにしている学園長に、イドへと告げ口する意図などはないことはわかっていたけれど、この軽い口にうっかりこぼされて対策をとられてしまってはたまらない。<br />「黙秘します。保護者に技術は安売りするなと厳しくいわれてますので」<br />　そういいきかせてきた本人は実はわりと自分が作り出すものへの頓着がないのだが、おそらくその作り出したものを外へ持ち出すことが殆どないからなのだろう。自分が作るものの価値にはいつだって真摯で卑下することはない。<br />「結構。よいホリデーを」<br />　ばさりと烏の羽がゆれるのを横目に鏡へと足を踏み出す。<br />「学園長も、よいホリデーを」</p><p>　鏡をくぐり抜けた先は見知らぬ荒野のど真ん中だった。風は強く吹いているし、空は雲が重く垂れ込めていて今にも雨が降り出しそうだ。手にしているトランクには帰省のための最低限の荷物しか入れていないから、当然傘も入っていない。<br />　ぐるりとあたりを見回せば、やや離れたところに見慣れた家が立っていた。探査魔法が出した結果に間違いがなかったことに安堵して、歩き始める前に指を鳴らして簡易の風雨よけの魔法を張る。長くは保たないが、屋根の下に辿り着くまで保ってくれればいいのだ。<br />　いつも思うのだが、イドはどうやってこういう人がさっぱり住んでなさそうなところを探し出しているのだろう。国も地域もばらばらで、もっとちいさいころは朝起きて、ドアを開けたら全く違うところにいると気付くその瞬間が好きだった。<br />　けれども、今はそれを楽しめることなどない。闇の鏡に帰る場所としてこの家を指定する度に「存在しない」と告げられるのは辛いものだ。<br />　うかつに嵐に近寄って遠くまで流されたバカでのろまな人魚のこどもを拾ってくれたのはイドで、本来陸では生きられない人魚を救ってくれたのもイドで、僕にはイド以外はいないのに、イドだけがいつも僕にはもっと他の世界があるって言い続けている。<br />「イドの馬鹿！　ただいま！」<br />　急ぎ足で辿り着いた先で、いつだって僕を拒むことのない扉はあっさり開く。<br />「おかえり、アズィー」<br />　青く燃える炎が振り向いて、自分がした仕打ちなんか忘れたように手を広げたので、僕は遠慮なくその腕の中に飛び込んだ。</p>]]></content:encoded>
		<dc:date>2021-04-10T21:18:00+09:00</dc:date>
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	<item rdf:about="https://drd.cute.bz/fragments/gallery.cgi?no=11">
		<title>echo request/echo reply　01（ついすて/イデアズ）</title>
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		<description>　イデア・シュラウドを呼び出すためにアズール・アーシェングロットを介するものはさして多くない。学内に七人しかいない寮長同士であることは知られていても、二人が同じ部活動に所属していると知っているものは限...</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>　イデア・シュラウドを呼び出すためにアズール・アーシェングロットを介するものはさして多くない。学内に七人しかいない寮長同士であることは知られていても、二人が同じ部活動に所属していると知っているものは限られており、さらにその部活動で仲がいいとまで知っているものは概ね応じてもらえるかはともかくとしてイデア・シュラウド自身に何らかの伝手を有していることが多いからだ。<br />　だから、彼の呼び出しをデイヴィス・クルーウェルに頼まれた時、アズールは意外さに内心で首を傾げた。<br />「僕からですか？　いくらイデアさんでも先生の呼び出しを故意に無視はしないでしょう？」<br />　錬金術の授業終わりに呼び止められて告げられた用件を不思議に思いながらも、おとなしくスマートフォンを取り出してメッセージアプリを立ち上げる。かの先輩はたしかにできうる限り部屋へと引きこもろうとしているけれど、教師から授業へ生身で参加しろと言われたときにことさら反抗するようなたちでもない。ものすごくいやそうに時間ぎりぎりに教室へとやってくるのはアズールも見かけたことがある。<br />「授業じゃないんだが生身がご指定でな」<br />　肩を竦める教師に、なるほどと頷く。ちょっとした呼び出しや、許されている授業はすべてタブレットによるリモートで済ませることに全力を傾ける相手を確実に生身で呼び出せるのはテーブルボードゲームで遊ぶことを主眼に置く部活動だけだ。複雑なコンポーネントを実際に対面で遊べる相手がいるというのは格別だと、日中の授業を遠隔で受けていも、放課後になると部室に顔を出すことは珍しくない。<br />「今日の放課後でよろしいですか？　呼び出し先も部室にしておきますが」<br />「それで構わん。学園長室なんて指定したらお前相手でも来ないだろう」<br />「……いや、さすがに学園長室ならいらっしゃるんじゃないですか」<br />　イデアが学園長に呼び出されること自体は珍しいことではない。アズールは彼がぶつぶつと不平をこぼしながらも出頭に応じているところに居合わせたこともある。<br />「生身指定が効くのは基本的には特許周りの契約関係があるときだけだな。普段は警戒されてタブレットでしかこない」<br />　この歯切れの悪さは学園長がなにかしたのだろうなと考えながらも、指を動かして呼び出しの文章を打ち込む。口実はいくらでもあるので悩むことはない。誘い文句の最後にメッセージのやり取りをするときにだけ進めているブラインドチェスの指手を添えて送信ボタンを押す。続けてモストロ・ラウンジのグループチャットを確認して特にイレギュラーな事項が発生していないことを確認してから、本日のシフトリーダーへ開店前に顔を出せないことと連絡事項を伝える。<br />「ところで、人手はご入用ですか？」<br />「いらん。仔犬の一匹位、俺だけでどうとでもなる」<br />　念の為に労働力の斡旋を匂わせてみたがあっさり断られたのでそれ以上は粘らずに、幼馴染のウツボ兄弟に放課後の予定変更の連絡を入れてから端末をスリープさせた。<br />「では放課後に部室の前でお待ちしていますね」<br />「前？」<br />　怪訝そうに顔をしかめる教師ににっこりと笑ってみせる。<br />「危険なものはないんですが貴重なものは多くて、最近セキュリティを厳重にしてるんです、イデアさんが」<br />　もちろん、アズールは部員として部屋へ出入りするので鍵を持っているが教師はその限りではない。職員室で保管されている基本の鍵だけで中へ入ることは不可能なのだ。<br />「卒業時には現状復帰するんだろうなそれ」<br />「さて。僕にはわかりかねます」</p><p>§</p><p>　各所へと飛ばした連絡は無事に放課後までにはすべて了承が帰ってきた。今日はイデアの受講科目はアズールよりも一コマ多いから部室へは先に辿り着ける。新年度、参考にしたいからと強請って見せて貰った先輩のカリキュラムはこういうときに役に立つなと思うのだが、クルーウェルが来るまでの間にどうしても物が多くて雑然としがちな室内を客を入れてもいいと思える程度に片付ける必要がある今はむしろ本末転倒とはいえ、イデアの労力が欲しかった。<br />　ナイトレイブンカレッジのカリキュラムはいくつかの基礎魔法教科と実技科目以外に年次による取得制限はない。逆にいうと、基礎魔法教科の単位を取得できないと年次を上がることができない。レオナ・キングスカラーの留年事由はそこにある。とにかく必須科目の出席点がたりなかったのだとアズールは聞いたことがあった。<br />　ただ、専門科目に関しては講座開講前に実施される試問の成績によっては受講資格どころか単位付与が認められることもある。イデア・シュラウドのリモート受講許可はこちらの制度によるという。最低限の必修科目の履修が終わり、それなりにフレキシブルな受講が始まる一年次後期開始時の選択科目の試問結果で軒並み満点を叩き出し、面白がった教師陣（とイデアが称した）によりすべての試験を受けさせられた結果、単位数だけならその時点で卒業できるほどの認定が降りたらしい。そうはいっても基礎魔法教科と実技に関してはペーパーだけでは単位付与はできなかったため結果的に今のイデアが受講しているのは基本的には実技を伴う科目と、彼が興味がわかないが必修である魔法史などの文系科目が中心だ。逆に得意科目となるとたまに教師から助手に徴収されていて、死にそうな顔で教室の端にいることもある。<br />　それにしても、それだけ単位を取っていたら三年次には時間割も穴だらけにできるだろうにとアズールが訊ねれば、かの異才からはなんか楽しくなってきちゃってと返ってきた。勉強してるだけで存在価値が認められるのは今だけだしと、授業には出たくないというわりに受講科目は多い。先日聞いて驚いたのは、イデアのためだけに開講されている講座の多さだ。その内容の高度さにナイトレイブンカレッジの教師だけでは対応しきれず、彼一人のためだけに非常勤で招聘されている講師も複数いるのだという。最初にその話を聞いたときに意味がわからなすぎて三度ほど聞き直した。<br />　イデア自身は学校ってそういうものでしょと平然としたものだったが、アズールの知ってる常識とは違いすぎて、思わず寄付金の差なのかとついその辺の事象に詳しそうなクラスメイトのジャミル・バイパーを問い詰めそうになったが、直前で理性が働いたので、ちゃんとモーゼス・トレインに質問するだけでとどめておいた。己が利用できるかは置いておいて制度としてはちゃんと制定されている事柄だとしれたのは収穫だったように思う。<br />　ただその受講数の分、試験期間はいつもイデアは物量に埋もれている。正確には試験期間前からレポートの波にのまれている。その時期になると非効率的ではといいながらも紙の文献を積み上げながら自室だけではなく部活動禁止期間前の部室でも執筆を始めるので、アズールは面白くない。ゲームを始めたらちゃんと向き合ってはくれるが、その前後は完全の上の空だ。<br />　使えるものは使えるうちに使うというのはアズールも同意するところだが、誰もが使いたいものすべてを使えるわけではない。アズールの八本の自在に動く足で座学の学習は補えても実践魔法には向き不向きがある。通常なら素材追加のタイミングなどで複数人を必要とする高度な魔法薬の精製や錬金術の行使などは容易くとも、生来の資質に左右されがちな幻想魔法系はアズールの鬼門だ。イメージを正確に脳裏に描いて魔力を使うなどという不確かな解説は理解に苦しむ。魔法を使うことにかけて才能があるとしか言いようがない先輩は曖昧だからこそはっきり扱えるように訓練するんだよと嘯いていたが、アズールにはどうにも難しかった。<br />　概ねどうにか物を寄せ終わったところで、ノッカーが来客を知らせた。内側から開けるにも一定の手順を必要とする扉を開いて、クルーウェルを中へと招き入れる。<br />「ここはチェス部だったか？」<br />　くるりと部屋の中を見渡したクルーウェルがあちこちに置かれたチェスボードに目を瞬いた。<br />「昔は独立していたらしいですね」<br />　必ず一定期間ごとにひとが入れ替わっていく定めにある学校の部活動にはよっぽどのことがない限りは詳細な履歴など残されたりはしない。アズールもかつてチェス部があったということを知っているのは、いくつもあるチェスボードに備品のありかを示すシールが貼られていたからだ。<br />「それにしても多くないか？」<br />　チープな百マドルで買えそうなチップタイプから、ガラスで出来ていると信じたい美しい造形のセットまでどれもこれも中途半端に駒が載っているボードが部屋のあちこちに設置されているのは今がコンテストの真っ最中だからである。<br />「定期的にプロブレム作りが流行るんです。よく出来た物は雑誌に投稿して部費の足しに。今残っているのは検証中のものです」<br />　部費の足し、というところでクルーウェルが顔を歪めかけたが、彼自身が顧問を務めるサイエンス部の無法地帯っぷりが即座に頭をよぎったのか賢明にも言及されることはなかった。<br />　なおこのプロブレム制作大会は、解なしではないが一定期間誰にも解かれないものを作ったものがしばらく予算権限を握ることができる。つまり、欲しいボードゲームがあるものがプレゼンをかけて戦う場でもあるのだ。アズールもイデアもたまに参加しては勝利をもぎ取って欲しいボードゲームを購入している。年度の始まりに分配される学校からの予算が尽きてからが戦いの本番だ。勝ち残ったプロブレムを雑誌に載せてもらって掲載料を稼ぐところまでがセットになるため遊びの幅が減る。<br />「なるほど、貴重なものか」<br />　優れた知恵は価千金にもまさると呟くクルーウェルは今のところ、ボードゲーム部の裏事情については見ないふりをしてくれるようだとアズールは笑みを深めた。<br />　散らばっているチェスボードはたしかにいつもの光景なのだが、実のところいくつかは普段はしまってあるカムフラージュ用のセットと入れ替えたものだ。<br />　チェスは長い歴史がある分、ただ遊べればいい簡易なものだけではなく、贅を尽くしたものも多いのだが、一昔前のものはさらに希少価値が高く、今となっては乱獲が禁止され作ることも許されないような材料が使われているものや、純粋に素材自体が希少かつ凝った装飾が施されているものもたくさんある。かつてあったチェス部はどうもそのコレクションにのめり込んだことがあったらしく、いくらナイトレイヴンカレッジが名門校といえども資産換算すると法外な値段のものがこの部室にはとてもいっぱいあるのだ。<br />　時間が経つ間にそれがどういうものかも失われ、深くは気にしないボードゲーム部の部員たちにあるものは使わないともったいないの精神で適当に扱われてきたのだが、その価値を知るものの入部によってその実態が表沙汰になった。<br />　アズールの入学前なのでその騒動自体は直接は目にしていないのだが、真実を知った先輩たちの動揺は察してありあまる。アズール自身もボードゲーム部に入部して馴染んだあとに、実はとコレクションの実態を知らされて心臓が止まるかと思った。一局どうと先輩から気軽に差し出された美しいチェスセットの駒が、迷ったものしかたどり着けないという宵闇の森の国に棲んでいるという黒曜鹿の角と十年に一度しか行き来する道が開かないという天青の島でしか育たないが伐採が進みすぎて今は採取が禁止されている琥珀杉でできているだなんて誰が知れるというのだ。宵闇の森の国も天青の島も伝説ではなく実在するのだということすらその時に初めて知った。<br />　しかも、そのレベルのものがいくつもあるのだ。部室の厳重すぎる鍵と入部後でもしばらく続いた警戒の理由は十分にわかった。価値がわからないものがいるのも怖いが、価値がわかりすぎるものがいるのも怖い。なんせどれもよく使い込まれているとはいえそもそも制作時に上質な状態保存の魔法がかけられているおかげで傷ひとつどころか駒の欠けひとつない完品で、価値のわかるところに持っていけば目が飛び出るでは済まないような金額がつく。この部室に来た経緯が違法性がないものであることを祈るばかりだ。<br />　隠さずにおいてあるちょっとばかり透明度の高い美しいガラス細工だと思い込みたい駒のセットもやや言いづらい値段がつくらしいのだが、伝説級の素材を使っているわけではないし、コレクションの中ではマシな方だと言うことで普段使い枠である。最初はアズールも恐る恐る触っていたのだが、一年も経つ頃には先輩たちと同じように普通のチェスのように扱えるようになった。とはいえ部外者であるクルーウェルを招き入れるのでプロブレム用の魔法の上から認識阻害魔法をかけてわかりづらくしてある。<br />「イデアさんが来るまで何か遊びますか？　二人で短時間でできるものもそれなりにありますが」<br />　とりあえず椅子を勧めて、先程色々と詰め込んだばかりの棚の前に立つ。本当は茶の一つも出せたらいいのだが、ボードゲームの基本的なコンポーネントは紙で出来ているものが多く、水分をかぶると台無しになりやすいので、チェス部としての過去の遺産の一つであるチェスセットに比べればまだ常識的な値段のティーセットが存在しているが、茶葉と水の備えはない。菓子類も同じ理由で基本的には部室へは持ち込みが制限されている。たまに体験入部をしに来るハーツラビュル生がほとんどいつかぬ理由だ。かつて存在したチェス部はつまりそういうことなのだろうと現役のボードゲーム部員たちの間でたまに話題に上る。<br />「いらん。アーシェングロットこそ今日の錬金術で分からないことがあっただろう。今なら聞いてやるぞ」<br />　先程はこちらの用件を優先したからなと告げる教師に、実は全てばれているのではと内心で肩を竦めながらも遠慮なくノートとテキストを取り出した。</p><p>§</p><p>「え、何これどういう状況？」<br />　やる気があればいくらでも学生の学習に力を貸してくれる教師とのやり取りに熱中しすぎていたと気づいたのは、待ち人の声が耳に入ったときだった。名ばかりの顧問は決して部室へとは赴いては来ないので室内に部員以外の人、それも教師がいるという状況にものすごく腰が引けているのに、ここの部屋のドアを開け放しておくことのほうが危ないと理解しているせいでイデアは手際よく複数の鍵を閉めきる。<br />「よく来たなシュラウド」<br />　自ら退路を断ったことには気付いてないのだろう。あわてて逃げようとするイデアの腕をすかさず捕まえてクルーウェルが笑った。時計を確認すればとうに放課後に入ってそれなりに経っているが、授業終了後に人の行き交いが減る頃合いを伺っていたのなら妥当だともいえる。<br />「ひっ、クルーウェル悪役ムーブ似合いすぎじゃないのなんで捕まってるんです拙者」<br />「先生をつけろ。学園長からの呼び出しだ」<br />　わたわたと抵抗していた長身はその一言でぴたりとすべての抵抗をやめた。燃える髪をこころなしかぺしょりとさせ、恨みがましい目でアズールを見つめてくるその勘の良さが素晴らしい。にこりと笑い返して手元に広げていたものを全て畳んで鞄へとしまう。クルーウェルは普段から快く学生のために時間を取ってくれる教師ではあるものの、授業の前後だけでは聞きづらいことはやはりあるもので試験の足音が聞こえてくる頃合いの今、勉強はよくはかどってありがたかった。<br />　とはいえ本日の標的が捕まってしまえば、部外者を部室にいつまでも置いておくのもよくない。秘密を悟られないようにするには、そもそも秘密があると知られないようにすることが一番だ。閉められたばかりの鍵をクルーウェルからは見えないように気をつけながら開けていく。閉じる手順よりも開ける手順の報が遙かに煩雑なのは、もし万が一部外者が中に入り込めたときにたやすく出さないようにするためだ。<br />　クルーウェルと、彼に腕を捕まれたままのイデアを先に通してからアズールも部室を出て、今度は人を中に入れないために鍵をかけていく。部室内に林立していたチェスボードを名残惜しそうに見ていたイデアへはあとで先程チェスボードを入れ替えるために記録をとっておいた棋譜を送りつけようと胸の内でメモをした。今回はアズール自身は参戦していないので気楽なものだ。<br />　廊下を行き交う人影は既にない。<br />「アズール氏、学園長から何毟り取ったの」<br />　クルーウェルからはすでに対価をとってると看做しているのに油断をしない先輩に殊更ににっこりと笑ってみせれば、ひえと悲鳴が返ってきた。<br />「失敬な。そもそもイデアさんから取り立てることしか考えてません。学園長が支払ってくださるなら吝かではありませんが」<br />　とれるときにとれるところからとっておくのが商人というものだ。今回の元凶から取り立てることについては何の躊躇いもない。先に来ていた連絡からすれば、むしろ遅かったともいえる。<br />「拙者に支払い義務なくないか――ってあー、もしかしてそっちにも連絡行ってた？」<br />　その察しの良さを全方位に向かって使えばもう少し生きやすいのではと思う傍ら、それでは摩耗しすぎるのだろうなと考える。引きこもって人との接触を減らすのは彼なりの処世術ではあるのだ。<br />「おいしいオリーブをありがとうございましたとお伝えください。お礼状はもうお送りしましたがご子息からもぜひご連絡していただければ」<br />　数日前、モストロ・ラウンジ宛てに嘆きの島から予定にない荷が大量に届いたときは何事かと思った。去年のウィンターホリデーにアズールと幼馴染のウツボ兄弟をあわせた三人が珊瑚の海へは帰省しないと聞いたイデアに誘われて彼の地を踏んでから、シュラウド家にはよくしてもらっている。モストロ・ラウンジの開店準備を間を縫った日程だったため、滞在したのは年越しのほんのわずかな日数だけだったはずなのだが、手がかかるようで手のかからない連絡不精の実子よりよく食べるよそのこどもたちのほうがかわいいとシュラウド夫人はのたまい、その時からずっとまるで実家の母親のように気にかけてくれているのだ。今年のウィンターホリデーにはスカラビア寮の事変に積極的に介入した結果、伺い損ねたのは申し訳ないと思っている。<br />「いやオリーブとかこっちには来てないんだが草……来てないはず。どうだったっけオルト――あ、端末全部置いてきた」<br />　デジタルデバイスの申し子のようなイデア・シュラウドがうっかり複数ある端末類を忘れてくるのは、ボードゲーム部の活動においてはよくあることだった。発声の代替手段であるタブレットを必要としない場だからという油断があるのだという。そのうえ、召喚術の応用でいつでも手元に呼べるためわざわざポケットを重くする必要もないらしい。<br />　自由な片手をポケットにやったイデアは空ぶった手を引き抜いてから、今度は改めて指を鳴らして彼の杖を呼び出した。くるくると回る髑髏から浮かび上がった青く光る入力装置《キーボード》にぱちぱちとコマンドをたたき込むと魔方陣が自動的に展開されてスマートフォンが呼び出されてくる。<br />　その仕組みについてアズールは訊ねたことがあるのだが、ものすごくかみ砕くと人によって得意不得意のある魔術を工学の仕組みに落とし込んで誰でも魔力を流すことによって同じ結果を得られるようにするということらしいのだが、それ以上のことはどうしてもわからなかった。誰にでも、というわりにイデアの杖にアズールの魔力を流しても同じ結果が得られないのだが、イデアはそれを当然だという。汎用化には程遠いと嘯いていたけれど、機械的な指令《コマンド》を魔力を乗せて流すだけで魔法が再現される現状だけでもありえない。魔法とはイメージに支配されるものなのだ。決まりきった手順だけで何もかもが再現できるならアズールは幻想魔法に手間取ったりはしない。<br />　が、それを改めてこの目の前の天才に訴えても無駄なことは知っていた。<br />　ゆえに今、アズールが言えることはただ一つだけだ。<br />「あなた、オリーブ食べないでしょう」<br />　正確には食べないのはオリーブだけではないのだが、何もかもに言及していたらすぐに学園長室についてしまう。<br />「食べないけど来たらアズール氏に横流す予定でござった」<br />　去年気に入ってたでしょと聞かれて素直に頷く。お邪魔したウィンターホリデー後に、愚息に送っておいたからよかったらあなた達も食べてねとシュラウド夫人に連絡を頂いておすそ分けしてもらったのだ。美味しかったしかなりの量があったので、モストロ・ラウンジでも使わせてもらって、お礼に珊瑚の海特産の海産物の詰め合わせを贈らせてもらったし、今年も手配した。<br />「多分ですけど、今シーズンはイデアさんところには来ないと思います。ラウンジでもどうぞって結構な量を頂いたので。ラウンジ分のほうに申し訳程度の請求書ついていたの、あなたの入れ知恵でしょう」<br />　近いうちに不肖の実子が迷惑かけると思うのでという先払いの迷惑料としてという名目で作物が送られてくる頻度はそれなりに高く、その、迷惑の元にもうちょっとなんとかといった結果がこれである。そこで迷惑をかけないようにしようとはしないこの先輩は、そういう意味では自己管理に長けていた。<br />「ばれてーら。まあ初回お試しだと思って。対価あったほうが次からも取引しやすいでしょ」<br />「次回用のお見積もりも入ってたんですけど参考価格探したら怖いぐらいの値引きでした」<br />　温暖な気候の嘆きの島は実のところオリーブの有名な産地のうちの一つだ。交通の便がやや不便なため、あまり多量には出回らない分、高値で取引される。<br />「うちの農園、母の実験農場兼ねてるんであんま利益出せないんだよね。安定した供給もできないしかといってオイルにするにも漬物にするにも限度があるし。かといって安く卸すぎるのも市場にどうかっていうんで利用してるのはこっちなんであんま気にしなくていいよ」<br />　島の中だと同業も多くて流せないし、かといってうちは外づきあいもあんましないからと言われてしまえば、反論もしづらい。<br />　アズールが肩を竦めたタイミングでちょうど学園長室へと辿り着いた。イデアの腕は掴んだままクルーウェルが入室の許可を取って三人で中へと入る。<br />「クルーウェル先生、お手数おかけしてすみませんでしたね。お待ちしてましたよシュラウドくん――と、アーシェングロットくんもようこそ」<br />　ディア・クロウリーは珍しい事にいつもはつややかな羽根をややパサつかせて三人を迎え入れた。<br />　部屋の中央にある机の上には両手で抱えるほどの大きさのよく見知った色合いの青く揺らめく炎がのっていて、アズールは思わず傍らの先輩を振り仰ぐも、答えは意外は方から降ってきた。<br />「”シュラウドの迎え火”か」<br />　鼻で笑うような声音のクルーウェルに、やっと腕を開放されたイデアが肩を竦める。<br />「ひひっ、流石にご存知で」<br />「久々に見た。相変わらずだな」<br />「使えるものはがんがん使っていかないともったいないですからな。というか別にこれだけなら拙者の部屋に直接寄越せばいいのになんでまた」<br />「とにかく引き取ってもらえませんか。一週間もお預かりしてたんですよ、これ」<br />　あとこれも、とクロウリーが机の抽斗からやはり青い封筒を取り出して、炎の前で首を傾げているイデアへと差し出す。<br />「サーセン」<br />　受取人に渡った瞬間、ふわっと宛名の金色の文字が光ってぱきりと封蝋が折れる音がした。<br />「んんん？　認証つき？」<br />　顔を顰めるイデアの前にするりと勝手に封筒から抜け出した紙片が浮かぶ。アズールからも紙面は窺えたが、不思議なことにそこに文字が連なっていることはわかるのにその中身はまるで理解が出来ない文字列にしか見えない。セキュリティ性抜群だなと興味を引かれるその隣では、手紙を片手に何かを数えるように指を折っていたイデアがしおしおと長い手足を折りたたんでしゃがみ込んでしまった。<br />「うううこんな大当たりいらない。なんで今年でしかも試験期間直撃なのさ」<br />　ぶつぶつと不平をこぼしながら膝に顔を埋める彼の床についてしまった髪をゆるやかに巻き取って、同じように傍に座り込む。<br />「イデアさん」<br />　状況はさっぱりわからないが、オリーブの代金の本命はおそらくこちらだろうとあたりはついた。ひとつのことにのめり込むとイデアは周囲を気にしなくなるし、よく回る思考回路は自己完結型のため放っておくと何もかもを置き去りにして自室で演算するために唐突に転移陣で自室に帰ってしまうことがあるのだ。部室のセキュリティシステムはイデア自身によって転移阻害の術式が組み込まれているのだが、ここは学長室である。もしイデアがセキュリティシステムの構築に関わっていたらバックドアを仕掛けておくぐらいはしかねない。<br />「イデアさん、お手伝いはいりますか。学園長と交渉が必要なら代理で承りましょうか」<br />「えっ」<br />　クロウリーが素っ頓狂な声を上げるのを無視して根気よく声をかけていると、ふっとイデアのつぶやきが止まった。<br />「イデアさん」<br />「ん、ありがと、アズール氏。あとでちょっと相談のって」<br />「僕でできることでしたら」</p>]]></content:encoded>
		<dc:date>2020-12-14T21:32:00+09:00</dc:date>
	</item>
	<item rdf:about="https://drd.cute.bz/fragments/gallery.cgi?no=10">
		<title>オボルスのこどもたち 02.（ついすて/イデアズ/未来パロ/ありとあらゆることへの捏造/イデア、こどもをひろう）</title>
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		<description>　魔法士というものはとかく秘密を抱えるものだ。魔法を使えぬ人間にとっては理屈もなく整合性もなく結果を得ることが出来る物が魔法だと思われがだちだが、実のところそれなりに厳密な法則に縛られている。魔法の発...</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>　魔法士というものはとかく秘密を抱えるものだ。魔法を使えぬ人間にとっては理屈もなく整合性もなく結果を得ることが出来る物が魔法だと思われがだちだが、実のところそれなりに厳密な法則に縛られている。魔法の発現もだが、魔法の使用そのものに関してもだ。魔法士は指先一つで人を生かせも殺せもする技術をその身に詰め込んでいるため、雇用目的を厳密化するため魔法士を雇うにも資格を求める国際法が存在する。様々な事情で批准している国はそれほど多くはないが、批准国のメリットとして魔力を持たずとも扱うことのできる高性能な魔導具の流通があるため、批准を求める声は今でも一部の魔法士や魔力を持たぬ人間の間では少なくない。<br />　アズールが滞在していたのは、非批准国のうちのひとつであり、その中でも魔法士の多い国だった。もともとは数を減らしてきた魔法士を保護するための法に従う必要のない国でもある。ゆえにこの国で暮らすには魔力を保有していることが前提となるものが多い。家の鍵一つとっても、魔力がないとどうにもならないことがある。それでも、たまに生まれる魔力を持たぬ人間を蔑視する土壌がないのがこの国のいいところだとアズールは思う。<br />　泊まっていたホテルは魔法士による魔法士向けに営業しているホテルで、あらゆる備品の利用に魔力を必要としていたが、これは魔力を持たない人間による干渉を防ぐための一種の防衛機構だ。唯一の例外が部屋の鍵のシステムで、これは基本的には利用者の魔力を宿泊手続時に登録することにより照合して解錠と施錠を行うのだが、魔力を込めていなければただの物理的な鍵として扱えるという画期的な物だ。もちろん、魔力と物理の併用も出来る。<br />　今回の滞在で驚いたのは、この十数年前に開発されたばかりの魔力を込めなければ、ただの道具として扱える魔導具の導入率の高さだった。たしかに、この機構は開発した本人が仕組み自体は複雑なことをしていないからと、とあるサイトにオープンソースで公開された魔法回路が元になっているのだが、元を正せばそれはただのアイディアだ。それを利用し、実際に様々な魔導具へと応用した結果、魔力を持たない人間が扱える高性能な魔導具であるにもかかわらず魔力を込めなければ魔導具としては成り立たぬ中途半端な道具という名目の元で魔法士雇用国際法批准国外での流通を可能とした。魔法士が多数を占めるこの国のように批准する必要のない国において、魔力があろうがなかろうが等しく使える魔導具というのは夢のような代物だったのだ。<br />　その魔法回路の開発者が当時十歳だったイデア・シュラウドだったと知ったときに、アズールは無駄だとわかっても特許料はと口にしたが、返ってきたのは匿名だったにもかかわらずしばらくどこかから命を狙われたという思いも寄らない過去だった。嘆きの島という外界から隔離されたようなところにいて、明確に開発者だと身元が割れていたわけではないにもかかわらず、だ。<br />　シュラウドのこどもでなければきっと今も虎視眈々と身柄を狙われていたよと言われて更にぞっとした。</p>]]></content:encoded>
		<dc:date>2020-12-01T01:00:00+09:00</dc:date>
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	<item rdf:about="https://drd.cute.bz/fragments/gallery.cgi?no=9">
		<title>silent/noise　01.（ついすて/イデアズ）</title>
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		<description>　その日、アズール・アーシェングロットが自室に帰ってくると、部屋は海で満たされていた。ドアから廊下へととぷりと波打つ水は黒々しい。照明がともされていないと言うことは侵入者はまだ寝ているのだろうと、とり...</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>　その日、アズール・アーシェングロットが自室に帰ってくると、部屋は海で満たされていた。ドアから廊下へととぷりと波打つ水は黒々しい。照明がともされていないと言うことは侵入者はまだ寝ているのだろうと、とりあえず手にしていた鞄を一度床へ置き、靴を脱いで部屋へと上がることにした。玄関には見慣れたスニーカーが律儀に脱ぎ捨ててあって、彼には靴を脱ぐ習慣はないのに、こんなふうに自然とアズールの都合にあわせてくるところは好きにはなれない。陸《おか》に上がったばかりの人魚は、あまり長いこと靴を履いていることを推奨されないと伝えたこともない。気にしないで欲しいと訴えても気にしてしまう人だとはわかっている。スマホに訪問予告のメッセージをいれなくていいと口が酸っぱくなるほど言い続けてようやく、こんな風に入り込んでくれるようになっただけでも喜ばしいと思わなければならない。<br />　海は、外から入ってきたものには触れることはない。自分を包む薄い空気の膜は事故防止のための結界の応用で作られているのだ。部屋の外へ海がこぼれていかないのも同じ理由で、慣れ親しんだはずの海の中にいるのに、隔てられている感覚は何度遭遇しても慣れない。<br />　靴と一緒に靴下も脱いでしまったのでぺたぺたと音をさせながら部屋の奥へと進めば、ライティングデスクの下に青い炎が揺れていた。水の中でも変わらずに燃え続ける光景は何度見ても不可思議で、息を飲む。<br />「イデアさん」<br />　思わず呼んだ名は海の中でははっきりと聞こえる音にならず、こぽりと気泡だけが上っていく。<br />　そもそも、アズールの部屋の合鍵を有しているものは片手に余るほどで、そのうちの二人とは先程別れたばかりなのだから、侵入者がいるとしたらただ一人だけだ。<br />　デスクの下では細い体をこの世から消してしまいたいかのようにぎゅうぎゅうと縮めて、長い手足を窮屈そうに折りたたんでイデア・シュラウドが眠っていた。</p>]]></content:encoded>
		<dc:date>2020-11-26T14:00:00+09:00</dc:date>
	</item>
	<item rdf:about="https://drd.cute.bz/fragments/gallery.cgi?no=8">
		<title>オボルスのこどもたち 01.（ついすて/イデアズ/未来パロ/ありとあらゆることへの捏造/イデア、こどもをひろう）</title>
		<link>https://drd.cute.bz/fragments/gallery.cgi?no=8</link>
		<description>0．　助けて、ということばはもうずいぶん前から声にならなくて、喉からはただひゅうひゅうと命がこぼれる音がしていた。　体もとっくに動かせない。ぼろきれに包まるだけでは寒さはすごせなくて、まずは手足が動か...</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>0．<br />　助けて、ということばはもうずいぶん前から声にならなくて、喉からはただひゅうひゅうと命がこぼれる音がしていた。<br />　体もとっくに動かせない。ぼろきれに包まるだけでは寒さはすごせなくて、まずは手足が動かなくなり、きっとそろそろ心臓も動かなくなる。<br />　おかあさん、と声にならない声で呼んでも応えてくれるひとはいない。母はいつだって自分を顧みることなんてなかった。<br />　役に立たない、ごくつぶし、気味が悪い、あんたなんて産まなければよかった。かけられる言葉はいつだって決まっていて、けれどごくまれに優しい手が撫でてくれた。<br />　自分が死んだらあの手は今度はなにを撫でるのだろうと考えて、すぐに今こんな時に思うことじゃなかったとおかしくなる。<br />　目を開いているのか閉じているのかすらもうわからないから、今が昼なのか夜なのかもわからない。いつもと変わらない饐えた匂いだけが自分を包んでいる。とっくに空っぽで胃液すらも入っていないお腹から何かが出てこようとしたけれど、既に咳き込む体力すら残っていないのに苦しさだけが増える。<br />　どこかでぱちりと何かがはぜる音がした。<br />　今は冬で、乾いているからどこかで火がこぼれたらあっという間に広がってすべてを焼き尽くすだろう。<br />　それはいいな、と思う。それならここで惨めにも動けなくなっている自分だけではなくて、すべての人に平等に死が降り注ぐ。<br />　ぱちり、ぱちりとすぐ傍からその音は聞こえてくる。</p><p>　それは、たしかに魂《いのち》が焼ける音だった。</p><p>01．<br />　アズール・アーシェングロットにイデア・シュラウドから連絡が入ったのは、珍しいことに現地時間で夜中の三時すぎのことだった。常識外れの入電には碌なことがない。なによりも碌でもないのは、絶対に碌でもないのに取らないと後悔するということがわかりきっていることだ。コールしてきた本人であるイデアは自身が夜更かしはするが、人の睡眠を削るようなことはしない。非常識な時間に連絡してくると言うのはそれだけの理由があるのだと知っていた。<br />「もしもし《ハロー》」<br />『今すぐ夕焼けの草原まで来て。エアの手配はしたからまずは身ひとつでそこの近くの空港――えーと赤煉瓦空港か。そこまですぐ来て。君の今いるホテルに車は回した』<br />　挨拶《ハロー》の一言もなくよく知った耳に馴染む声が一息にまくし立てた。思わず時計を確認するが何度見ても三時過ぎだ。相手の住む嘆きの島にしたって、移動先に指定された夕焼けの草原にしたって時差を計算してもどこも真夜中と言って差し支えがない。<br />「は？」<br />『君のことだから荷物は広げてないでしょ。もし忘れ物があってもなんとかはするからとにかく来て。詳しい行程は別途テキストで送るから車の中ででも見て。これは依頼だよアズール・アーシェングロット。交渉を頼みたい』<br />　その一言で目は覚めた。<br />「承りましょう」<br />　何もかもがわからないけれど、一つだけ、依頼人が可能な限り早く来いと言ってきていることだけはわかれば十分だ。掌の中にあったスマートフォンをいじってハンズフリーに切り替え、あたたかな寝台を抜け出した。<br />　他に今のうちに聞いておくべきことを確認しつつ、最低限の身支度と荷造りをする。状況に合わせて着替えを要求されたナイトレイブンカレッジでの経験のせいで、マジカルペン一振りで装いを変更できてしまうので身づくろいといってもそうすることはない。<br />　仕事の上でも幸いにも連れてきている部下に今回の商談の全権を託すことへの不安を抱く必要はない。采配の詳細は空港へ向かう車の中でまとめても間に合う。<br />　最後に探査魔法をかけて忘れ物がないかを精査するついでに落ちた髪の毛などの呪術の媒介になりやすいものをまとめて焼き払ってから部屋を出た。<br />　依頼の電話を取ってから、実に十五分後のことだった。<br />　世界有数の財団モストログループ総裁、あるいは、相応の対価を支払えば望みを叶えてくれる慈悲深き海の魔女としてアズール・アーシェングロットは有名だった。しかし彼にはもう一つあまり一般には知られぬ姿がある。ごく一部の者たちには恐怖をもって囁かれるその名は、世界有数の魔法士にして交渉人としてだった。</p>]]></content:encoded>
		<dc:date>2020-11-26T13:57:00+09:00</dc:date>
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	<item rdf:about="https://drd.cute.bz/fragments/gallery.cgi?no=7">
		<title>I see.（ついすて／イデアズ／パイロット版）</title>
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		<description>Q.アズール・アーシェングロットの長所だと思うところをおしえてくださいA.顔「即答ですか」「え、だって他にあるの？　長所だよ？」　あまりにも不思議そうに問い返されてアズール・アーシェングロットは言葉に詰ま...</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>Q.アズール・アーシェングロットの長所だと思うところをおしえてください<br />A.顔</p><p>「即答ですか」<br />「え、だって他にあるの？　長所だよ？」<br />　あまりにも不思議そうに問い返されてアズール・アーシェングロットは言葉に詰まった。<br />「っあるでしょう他にもいろいろ」<br />「長所ってつまりいいところでしょ？　顔しか思いつかない」</p><p><br />Q.イデア・シュラウドの嫌いなところをおしえてください<br />A.天才なところ</p><p>「でも拙者天才なんでしかたないんですわ」<br />「そういうところですよ。何なんですか本当に。感覚も理屈も全部天才ですよねあなた」<br />「魔法も科学技術もカンストしてますゆえ。ま、そうでないと出来ないことがあるんで拙者天才でよかったですなあ」<br />「ほんっと嫌いですそういうとこ」</p><p><br />Q.アズール・アーシェングロットのすごいと思うところを教えてください<br />A.努力できるところ</p><p>「は？」<br />「なんでそんな切れてんのさ」<br />「だって……」<br />「そりゃあ拙者だって多少の努力はしますけれどもアズール氏の努力って別物じゃん。努力するしかないからするんじゃなくて、努力した方が自分のためになるからするんでしょ。そゆとこすごいなあって思っているよ。サイコロの目だって操れるようになったしね。拙者の努力はね、付け焼き刃なのですぐ駄目になるんですわ」</p><p><br />Q.イデア・シュラウドの好きなところを教えてください<br />A.天才なところ</p><p>「嫌いなところでは？」<br />「好きなところです。間違ってないです。これに関してはもう散々、本当に散々ウツボたちに当たり散らしたんで」<br />「こわ」<br />「――最初、話が出来なかったじゃないですか、お互いに」<br />「唐突に黒歴史掘り出すのやめない？」<br />「あなたが僕に話を合わせようとしてくれてるって気付いたときびっくりしたんです。あのとき意図的に頭の回転率下げようとして無駄にマルチタスクしてるのに結局全部こなしきってしまって全然意味なくて意図もわからなくて怖かったんですけど」<br />「だから黒歴史掘り出すのやめない？　拙者のライフはもうゼロよ」<br />「でもふっとあなたがしたかったことに気付いたとき、天才だから馬鹿なんだなあって思って」<br />「ううう」<br />「だから好きです」<br />「あー、うん。ありがとう。I see.《わかってるよ》」</p>]]></content:encoded>
		<dc:date>2020-11-20T15:16:00+09:00</dc:date>
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	<item rdf:about="https://drd.cute.bz/fragments/gallery.cgi?no=6">
		<title>echo request/echo reply　01（ついすて/イデアズ）</title>
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		<description>　イデア・シュラウドを呼び出すためにアズール・アーシェングロットを介するものはさして多くない。学内に七人しかいない寮長同士であることは知られていても、二人が同じ部活動に所属していると知っているものは限...</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>　イデア・シュラウドを呼び出すためにアズール・アーシェングロットを介するものはさして多くない。学内に七人しかいない寮長同士であることは知られていても、二人が同じ部活動に所属していると知っているものは限られており、さらにその部活動で仲がいいとまで知っているものは概ね応じてもらえるかはともかくとしてイデア・シュラウド自身に何らかの伝手を有していることが多いからだ。<br />　だから、彼の呼び出しをデイヴィス・クルーウェルに頼まれた時、アズールは意外さに内心で首を傾げた。<br />「僕からですか？　いくらイデアさんでも先生の呼び出しを故意に無視はしないでしょう？」<br />　錬金術の授業終わりに呼び止められて告げられた用件を不思議に思いながらも、おとなしくスマートフォンを取り出してメッセージアプリを立ち上げる。かの先輩はたしかにできうる限り部屋へと引きこもろうとしているけれど、教師から授業へ生身で参加しろと言われたときにことさら反抗するようなたちでもない。ものすごくいやそうに時間ぎりぎりに教室へとやってくるのはアズールも見かけたことがある。<br />「授業じゃないんだが生身がご指定でな」<br />　肩を竦める教師に、なるほどと頷く。ちょっとした呼び出しや、許されている授業はすべてタブレットによるリモートで済ませることに全力を傾ける相手を確実に生身で呼び出せるのはテーブルボードゲームで遊ぶことを主眼に置く部活動だけだ。複雑なコンポーネントを実際に対面で遊べる相手がいるというのは格別だと、日中の授業を遠隔で受けていも、放課後になると部室に顔を出すことは珍しくない。<br />「今日の放課後でよろしいですか？　呼び出し先も部室にしておきますが」<br />「それで構わん。学園長室なんて指定したらお前相手でも来ないだろう」<br />「……いや、さすがに学園長室ならいらっしゃるんじゃないですか」<br />　イデアが学園長に呼び出されること自体は珍しいことではない。ぶつぶつと不平をこぼしながらも出頭に応じているところに居合わせたこともある。<br />「生身指定が効くのは基本的には特許周りの契約関係があるときだけだな。普段は警戒されてタブレットでしかこない」<br />　この歯切れの悪さは学園長がなにかしたのだろうなと考えながらも、指を動かして呼び出しの文章を打ち込む。口実はいくらでもあるので悩むことはない。誘い文句の最後にメッセージのやり取りをするときにだけ進めているブラインドチェスの指し手を添えて送信ボタンを押す。続けてモストロ・ラウンジのグループチャットを確認して特にイレギュラーな事項が発生していないことを確認してから、本日のシフトリーダーへ開店前に顔を出せないことと連絡事項を伝える。<br />「ところで、人手はご入用ですか？」<br />「いらん。仔犬の一匹位、俺だけでどうとでもなる」<br />　念の為に労働力の斡旋を匂わせてみたがあっさり断られたのでそれ以上は粘らずに、幼馴染のウツボ兄弟に放課後の予定変更の連絡を入れてから端末をスリープさせた。<br />「では放課後に部室の前でお待ちしていますね」<br />「前？」<br />　怪訝そうに顔をしかめる教師ににっこりと笑ってみせる。<br />「危険なものはないんですが貴重なものは多くて、最近セキュリティを厳重にしてるんです、イデアさんが」<br />　もちろん、アズールは部員として部屋へ出入りするので鍵を持っているが教師はその限りではない。職員室で保管されている基本の鍵だけで中へ入ることは不可能なのだ。<br />「卒業時には現状復帰するんだろうなそれ」<br />「さて。僕にはわかりかねますね」</p><p>§</p><p>　各所へと飛ばした連絡は無事に放課後までにはすべて了承が帰ってきた。今日はイデアの受講科目はアズールよりも一コマ多いから部室へは先に辿り着ける。新年度、参考にしたいからと強請って見せて貰った先輩のカリキュラムはこういうときに役に立つなと思うのだが、クルーウェルが来るまでの間にどうしても物が多くて雑然としがちな室内を客を入れてもいいと思える程度に片付ける必要がある今はむしろ本末転倒とはいえ、イデアの労力が欲しかった。<br />　ナイトレイブンカレッジのカリキュラムはいくつかの基礎魔法教科と実技科目以外に年次による取得制限はない。逆にいうと、基礎魔法教科の単位を取得できないと年次を上がることができない。レオナ・キングスカラーの留年事由はそこだ。とにかく必須科目の出席点がたりなかったのだとアズールは聞いたことがある。<br />　ただ、専門科目に関しては講座開講前に実施される試問の成績によっては受講資格どころか単位付与が認められることもある。イデア・シュラウドのリモート受講許可はこちらの制度によるという。最低限の必修科目の履修が終わり、それなりにフレキシブルな受講が始まる一年次後期開始時の選択科目の試問結果で軒並み満点を叩き出し、面白がった教師陣（とイデアが称した）によりすべての試験を受けさせられた結果、単位数だけならその時点で卒業できるほどの認定が降りたらしい。そうはいっても基礎魔法教科と実技に関してはペーパーだけでは単位付与はできなかったため結果的に今のイデアが受講しているのは実技を伴う科目と、彼が興味がわかないが必修である魔法史などの文系科目が中心だ。逆に得意科目となるとたまに教師から助手に徴収されていて、死にそうな顔で教室の端にいることもある。<br />　それにしても、それだけ単位を取っていたら三年次には時間割も穴だらけにできるだろうにとアズールが訊ねれば、かの異才からはなんか楽しくなってきちゃってと返ってきた。勉強してるだけで存在価値が認められるのは今だけだしと、授業には出たくないというわりに受講科目は多い。先日聞いて驚いたのは、イデアのためだけに開講されている講座の多さだ。その内容の高度さにナイトレイブンカレッジの教師だけでは対応しきれず、彼一人のためだけに非常勤で招聘されている講師も複数いるのだという。最初にその話を聞いたときに意味がわからなすぎて三度ほど聞き直した。<br />　イデア自身は学校ってそういうものでしょと平然としたものだったが、アズールの知ってる常識とは違いすぎて、思わず寄付金の差なのかとついその辺の事象に詳しそうなクラスメイトのジャミル・バイパーを問い詰めそうになった。直前で理性が働いたので、ちゃんとモーゼス・トレインに質問するだけでとどめておいた。己が利用できるかは置いておいて制度としてはちゃんと制定されている事柄だとしれたのは収穫だったように思う。<br />　ただその受講数の分、試験期間はいつもイデアは物量に埋もれている。正確には試験期間前からレポートの波にのまれている。その時期になると非効率的ではといいながらも紙の文献を積み上げながら自室だけではなく部活動禁止期間前の部室でも執筆を始めるので、アズールは面白くない。ゲームを始めたらちゃんと向き合ってはくれるが、その前後は完全の上の空だ。<br />　使えるものは使えるうちに使うというのはアズールも同意するところだが、誰もが使いたいものすべてを使えるわけではない。アズールの八本の自在に動く足で座学の学習は補えても実践魔法には向き不向きがある。通常なら素材追加のタイミングなどで複数人を必要とする高度な魔法薬の精製や錬金術の行使などは容易くとも、生来の資質に左右されがちな幻想魔法系はアズールの鬼門だ。イメージを正確に脳裏に描いて魔力を使うなどという不確かな解説は理解に苦しむ。魔法を使うことにかけて才能があるとしか言いようがない先輩は曖昧だからこそはっきり扱えるように訓練するんだよと嘯いていたが、アズールにはどうにも難しかった。<br />　概ねどうにか物を寄せ終わったところで、ノッカーが来客を知らせた。内側から開けるにも一定の手順を必要とする扉を開いて、クルーウェルを中へと招き入れる。<br />「ここはチェス部だったか？」<br />　くるりと部屋の中を見渡したクルーウェルがあちこちに置かれたチェスボードに目を瞬いた。<br />「昔は独立していたらしいですね」<br />　必ず一定期間ごとにひとが入れ替わっていく定めにある学校の部活動にはよっぽどのことがない限りは詳細な履歴など残されたりはしない。アズールもかつてチェス部があったと言うことを知っているのは、いくつもあるチェスボードに備品のありかを示すシールが貼られていたからだ。<br />「それにしても多くないか？」<br />　チープな百マドルで買えそうなチップタイプから、ガラスで出来ていると信じたい美しい造形のセットまでどれもこれも中途半端に駒が載っている。<br />「定期的にプロブレム作りが流行るんです。よく出来た物は雑誌に投稿して部費の足しに。今残っているのは検証中のものです」<br />　部費の足し、というところでクルーウェルが顔を歪めかけたが、彼自身が顧問を務めるサイエンス部の無法地帯っぷりが即座に頭をよぎったのか賢明にも言及されることはなかった。<br />　なおこのプロブレム制作大会は、解なしではないが一定期間誰にも解かれないものを作ったものがしばらく予算権限を握ることができる。つまり、欲しいボードゲームがあるものがプレゼンをかけて戦う場でもあるのだ。アズールもイデアもたまに参加しては勝利をもぎ取って欲しいボードゲームを購入している。年度の始まりに分配される学校からの予算が尽きてからが戦いの本番だ。勝ち残ったプロブレムを雑誌に載せてもらって掲載料を稼ぐところまでがセットになる。<br />「なるほど、貴重なものか」<br />　優れた知恵は価千金にもまさると呟くクルーウェルは今のところ、ボードゲーム部の裏事情については見ないふりをしてくれるようだとアズールは笑みを深めた。<br />　散らばっているチェスボードはたしかにいつもの光景なのだが、実のところいくつかは普段はしまい込んでいる別のセットと入れ替えたものだ。<br />　チェスは長い歴史がある分、ただ遊べればいい簡易なものだけではなく、贅を尽くしたものも多いのだが、一昔前のものはさらに希少価値が高く、今となっては乱獲が禁止され作ることも許されないような材料が使われているものや、純粋に素材自体が希少かつ凝った装飾が施されているものもたくさんある。かつてあったチェス部はどうもそのコレクションにのめり込んだことがあったらしく、いくらナイトレイヴンカレッジが名門校といえども資産換算すると法外な値段のものがこの部室にはとてもいっぱいある。<br />　時間が経つ間にそれがどういうものかも失われ、深くは気にしないボードゲーム部の部員たちにあるものは使わないともったいないの精神で適当に扱われてきたのだが、その価値を知るものの入部によってその実態が表沙汰になった。<br />　アズールの入学前なのでその騒動自体は直接は目にしていないのだが、真実を知った先輩たちの動揺は察してありあまる。アズール自身もボードゲーム部に入部して馴染んだあとに、実はとコレクションの実態を知らされて心臓が止まるかと思った。一局どうと先輩から気軽に差し出された見慣れぬチェスセットの駒が迷ったものしかたどり着けないという宵闇の森の国に棲んでいるという黒曜鹿の角と十年に一度しか行き来する道が開かないという天青の島でしか育たないが伐採が進みすぎて今は採取が禁止されている琥珀杉でできているだなんて誰が知れるというのだ。宵闇の森の国も天青の島も伝説ではなく実在するのだということすらその時に初めて知った。<br />　しかも、そのレベルのものがいくつもあるのだ。部室の厳重すぎる鍵と入部後でもしばらく続いた警戒の理由は十分にわかった。価値がわからないものがいるのも怖いが、価値がわかりすぎるものがいるのも怖い。なんせどれもよく使い込まれているとはいえそもそも制作時に上質な状態保存の魔法がかけられているおかげで傷ひとつ欠けひとつない完品で、価値のわかるところに持っていけば目が飛び出るでは済まないような金額がつく。この部室に来た経緯が違法性がないものであることを祈るばかりだ。<br />　隠さずにおいてあるちょっとばかり透明度の高い美しいガラス細工だと思い込みたい駒のセットもやや言いづらい値段がつくらしいのだが、伝説級の素材を使っているわけではないし、コレクションの中ではマシな方だと言うことで普段使い枠である。最初はアズールも恐る恐る触っていたのだが、一年も経つ頃には先輩たちと同じように普通のチェスのように扱えるようになった。とはいえクルーウェルを招き入れるのでプロブレム用の魔法の上から認識阻害魔法をかけてわかりづらくしてある。<br />「イデアさんが来るまで何か遊びますか？　二人で短時間でできるものもそれなりにありますが」<br />　とりあえず椅子を勧めて、先程色々と詰め込んだばかりの棚の前に立つ。本当は茶の一つも出せたらいいのだが、ボードゲームの基本的なコンポーネントは紙で出来ているものが多く、水分をかぶると台無しになりやすいので、チェス部としての過去の遺産の一つであるチェスセットに比べればまだ常識的な値段のティーセットはともかく、茶葉と水の備えはない。菓子類も同じ理由で基本的には部室へは持ち込みが制限されている。たまに体験入部をしに来るハーツラビュル生がいつかぬ理由だ。かつて存在したチェス部の遺品はつまりそういうことなのだろうと現役のボードゲーム部員たちの間でたまに話題に上る。<br />「いらん。アーシェングロットこそ今日の錬金術で分からないことがあっただろう。今なら聞いてやるぞ」<br />　先程はこちらの用件を優先したからなと告げる教師に、実は全てばれているのではと内心で肩を竦めながらも遠慮なくノートとテキストを取り出した。</p><p>§</p><p>「え、何これどういう状況？」<br />　やる気があればいくらでも学生の学習に力を貸してくれる教師とのやり取りに熱中しすぎていたと気づいたのは、待ち人の声が耳に入ったときだった。名ばかりの顧問は決して部室へとは赴いては来ないので室内に部員以外の人、それも教師がいるという状況にものすごく腰が引けているのに、ここの部屋のドアを開け放しておくことのほうが危ないと理解しているせいでイデアは手際よく複数の鍵を閉めきる。<br />「よく来たなシュラウド」<br />　自ら退路を断ったことには気付いてないのだろう。あわてて逃げようとするイデアの腕をすかさず捕まえてクルーウェルが笑った。時計を確認すればとうに放課後に入ってそれなりに経っているが、授業終了後に人の行き交いが減る頃合いを伺っていたのなら妥当だともいえる。<br />「ひっ、クルーウェル悪役ムーブ似合いすぎじゃないのなんで捕まってるんです拙者」<br />「先生をつけろ。学園長からの呼び出しだ」<br />　わたわたと抵抗していた長身はその一言でぴたりとすべての抵抗をやめた。燃える髪をこころなしかぺしょりとさせ、恨みがましい目でアズールを見つめてくるその勘の良さが素晴らしい。にこりと笑い返して手元に広げていたものを全て畳んで鞄へとしまう。クルーウェルは普段から快く学生のために時間を取ってくれる教師ではあるものの、授業の前後だけでは聞きづらいことはやはりあるもので勉強はよくはかどった。<br />「アズール氏、学園長から何毟り取ったの」<br />　クルーウェルからはすでに対価をとってると看做しているのに油断をしない先輩に殊更ににっこりと笑ってみせれば、ひえと悲鳴が返ってきた。<br />「失敬な。そもそもイデアさんから取り立てることしか考えてません。学園長が支払ってくださるなら吝かではありませんが」<br />　とれるときにとれるところからとっておくのが商人というものだ。今回の元凶から取り立てることについては何の躊躇いもない。先に来ていた連絡からすれば、むしろ遅かったともいえる。<br />「拙者に支払い義務なくないか――ってあー、もしかしてそっちにも連絡行ってた？」<br />　その察しの良さを全方位に向かって使えばもう少し生きやすいのではと思う傍ら、それでは摩耗しすぎるのだろうなと考える。<br />「おいしいオリーブをありがとうございましたとお伝えください。お礼状はもうお送りしましたがご子息からもぜひご連絡していただければ」<br />　数日前、モストロ・ラウンジ宛てに嘆きの島から予定にない荷が届いたときは何事かと思った。去年のウィンターホリデーにアズールと幼馴染のウツボ兄弟をあわせた三人が珊瑚の海へは帰省しないと聞いたイデアに誘われて彼の地を踏んでから、シュラウド家にはよくしてもらっている。モストロ・ラウンジの開店準備を間を縫った日程だったため、滞在したのは年越しのほんのわずかな日数だけだったはずなのだが、手がかかるようで手のかからない連絡不精の実子より、よく食べるこどもたちのほうがかわいいとシュラウド夫人はのたまい、その時からずっとまるで実家の母親のように気にかけてくれているのだ。今年のウィンターホリデーにはスカラビア寮の事変に積極的に介入した結果、伺い損ねたのは申し訳ないと思っている。<br />「いやオリーブとかこっちには来てないんだが草……来てないはず。どうだったっけオルト――あ、端末全部置いてきた」<br />　デジタルデバイスの申し子のようなイデア・シュラウドがうっかり複数ある端末類を忘れてくるのは、ボードゲーム部の活動においてはよくあることだった。発声の代替手段であるタブレットを必要としない場だからである。<br />「あなた食べないでしょう」<br />「食べないけど来たらアズール氏に横流す予定でござった」<br />「多分ですけど、今シーズンはイデアさんところには来ないと思います。ラウンジでどうぞって結構な量を頂いたので。申し訳程度の請求書ついていたの、あなたの入れ知恵でしょう」<br />「ばれてーら。まあ初回お試しだと思って。対価あったほうが次からも取引しやすいでしょ」<br />「お見積もりも入ってたんですけど参考価格探したら怖いぐらいの値引きでした」<br />「うちの農園、母の実験農場兼ねてるんであんま利益出せないんだよね。安定した供給もできないしかといってオイルにするにも限度があるし。かといって安く卸すぎるのも市場にどうかっていうんで利用してるのはこっちなんであんま気にしなくていいよ」</p>]]></content:encoded>
		<dc:date>2020-11-19T16:23:00+09:00</dc:date>
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	<item rdf:about="https://drd.cute.bz/fragments/gallery.cgi?no=5">
		<title>ライフマイライフ　01（にゃんちょぎ/あしびきの夜のだいぶ未来/にゃんちょぎのこども）</title>
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		<description>　千菜にはふたり、父親がいる。名前はそれぞれ南泉一文字と山姥切長義というけれど、千菜はどちらもただお父さんと呼ぶ。物心ついたときにはそう呼んでいたので、ある日、父親たちに同じように呼ばれて混乱しないの...</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>　千菜にはふたり、父親がいる。名前はそれぞれ南泉一文字と山姥切長義というけれど、千菜はどちらもただお父さんと呼ぶ。物心ついたときにはそう呼んでいたので、ある日、父親たちに同じように呼ばれて混乱しないのかと確認したことがあるのだが、ふたりともどちらが呼ばれたのかはわかるから気にならないと言った。己の名に一家言あるらしい山姥切長義でさえごく平然と千菜が呼びたいように呼んでいいというので、気にせずにお父さんと呼び続けている。<br />　普通、こどもは父親と母親がいて産まれてくるらしいのだが、千菜に母親はいない。母親という概念を知ったときに南泉一文字にたずねてみたのだが、千菜の「母親」というのは既に亡くなっているのだと裏山の見晴らしのいいところに建てられた墓へと連れて行ってくれた。それまで意味もわからず年に一回連れられて来ていた場所がその日から少しだけ特別になった。お墓というのは死んだものが眠る場所なんだということもその時に知った。結局、母親がいないからといって父親がふたりもいる意味はわからないままだったがそういうこともあるのだろうと思っている。<br />　なんせ、父親と一緒に暮らしているのはここには千菜しかいない。小烏丸は「すべての刀剣の父のようなもの」というがそれは比喩であって、血族という意味ではないからだと、小烏丸自身が言っていた。だから千菜は小烏丸を父と呼んではいけないのだと彼自身にさとされたことがある。そのとき彼は南泉一文字も山姥切長義もいない時でよかったと少し困ったように笑っていた。かわりに、千菜には兄と呼ぶ相手がいっぱいいる。おじも、祖父もだ。インフレだと唯一の姉が笑っていた。<br />　姉は、正確には父たちの主だという。おばちゃん、と自分ではいうけれど千菜はお姉ちゃんと呼んでいる。主というのもおねえというのも姉の名前ではないと知ったときはとても驚いた。千菜にとっての千菜、父にとっての南泉一文字や山姥切長義のように、姉は主か姉だと思っていたのだ。誰もが主としか呼ばないので、主かおねえという名前だと思っていたと千菜がいったら、姉は死ぬんじゃないかと思うほど笑いころげた。あまりに笑うので、城中からみんな集まってきてしまって困ったが、なんとか事情を説明したところ重々しくうなずいた大包平が説教だと姉を担いでいってくれた。名前はあとで教えて貰った。<br />　今は戦のさなかだと千菜が実感することはあまりない。砦であるこの城から出陣したものたちは確かに怪我をして帰ってくるけれど、手入部屋というところであっというまに直ってしまうし、いつまでも血の匂いが蔓延していることはないからだ。ただ千菜は同じようには直らないからわざと怪我をしないようにとは誰からも口を酸っぱくするほど言われている。これに関しては一番厳しいのは姉で、逆にあまり言わないのは父たちだった。こどもが怪我を一つもしないまま育つなんて無理だ、と父たちは言う。姉は「人の体は脆い」とくどいほどに言うけれど、人の体はちゃんと自力で治癒するし、傷痕が残るのは仕方がないことなんだそうだ。実際、千菜はわりとよく怪我をした。木を上っては落ちたり、馬と競争しようとして勢いよく転んだり、包丁を扱おうとして指を切ったりは日常茶飯事で、その度にまたやったのかと笑われながらも医務室で薬研藤四郎が丁寧に手当てをしてくれる。たまに手に負えないからと外の病院へ行くこともあったけれど、そこまでの怪我をすることはごくまれだった。<br />　千菜は普段は砦の外に出ることはない。年一回の定期検診だけは父親ふたりと外に行くが、それだけだ。学校へは遠すぎて通えないので、教育は砦の中で受けている。教師は刀剣男士たちが手分けして受け持ってくれていた。千菜が学校に上がる年齢になるまでに希望の刀剣男士が教職課程を受けて、教員免許を取ってきてくれたのだ。人の都合で人の形をとることになった刀剣男士たちには実は職業選択の自由こそないものの望めば副業につくことは許されている。</p>]]></content:encoded>
		<dc:date>2020-10-19T22:16:00+09:00</dc:date>
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