君の青の庭 01.(ついすて/イデアズ/転生パロ/記憶あり×記憶なし/名前も違います)
「僕のかわいいアズィー。約束だよ」
「その行き先は存在しない」
そう告げられるであろうことを予想していたとはいえ、闇の鏡の無慈悲な声に僕はその場で足を踏みならした。
「やると思いました!」
想像がつかないはずがない。ホリデーの度にこのやりとりを繰り返しているのですでに片手で足りない回数なのだ。わかっているからこそ、大半の生徒が鏡をくぐり終えたあとの閑散とした鏡の間にこうして足を運び、地団駄を踏んでいる。
「またですかシェルくん。今度こそ保護者の方と話し合われたのでは」
わざとらしい溜息をつきながら、闇の鏡の傍らに立っていた学園長が両手を広げる。わさっと背負っている烏の羽が広がって目障りだ。
「話し合いましたとも。イドもいい加減、僕が諦めないことを諦めればいいのに」
前のホリデーの終わりはいつもと同じように平行線で終わった。カレッジに入る前から延々と続けているやりとりだから、もはや今更なんの新鮮味もない。いつだってイドは僕を軽くあしらって話を真剣には聞いてくれないままだ。
「おやおや、自分が出来ないことを相手に押しつけるものではありませんよ」
あなたが諦めきれないように、彼も諦められないだけでしょうにと言われてちっと舌打ちをする。このやっかいな大人は間違ったことはいっていないからやっかいなのだ。
「――だったら僕が諦めなくてもいいはずだ」
「まぁ、そうですね。それで、どうしますか? 行き先の変更なら受け付けますよ。私、優しいので」
今ならこの仮面を剥ぎ取って床にたたきつけても許されるのではないかと思うものの、そんなことはただの時間の無駄だということもわかっていた。
「変更します」
あらかじめ調べておいた座標を告げると、今度は拒否されることなく闇の鏡がゆらりと光る。緯度と経度で行く先を指定できるという裏技を教えてくれたのは保護者《イド》本人なのに、どうしていつまでも僕が帰る場所と定めているあの家の場所を移してしまうのを諦めないのだろう。
「ところで参考までに聞きたいんですが、いつもどうやって特定してるんです?」
不思議そうにしている学園長に、イドへと告げ口する意図などはないことはわかっていたけれど、この軽い口にうっかりこぼされて対策をとられてしまってはたまらない。
「黙秘します。保護者に技術は安売りするなと厳しくいわれてますので」
そういいきかせてきた本人は実はわりと自分が作り出すものへの頓着がないのだが、おそらくその作り出したものを外へ持ち出すことが殆どないからなのだろう。自分が作るものの価値にはいつだって真摯で卑下することはない。
「結構。よいホリデーを」
ばさりと烏の羽がゆれるのを横目に鏡へと足を踏み出す。
「学園長も、よいホリデーを」
鏡をくぐり抜けた先は見知らぬ荒野のど真ん中だった。風は強く吹いているし、空は雲が重く垂れ込めていて今にも雨が降り出しそうだ。手にしているトランクには帰省のための最低限の荷物しか入れていないから、当然傘も入っていない。
ぐるりとあたりを見回せば、やや離れたところに見慣れた家が立っていた。探査魔法が出した結果に間違いがなかったことに安堵して、歩き始める前に指を鳴らして簡易の風雨よけの魔法を張る。長くは保たないが、屋根の下に辿り着くまで保ってくれればいいのだ。
いつも思うのだが、イドはどうやってこういう人がさっぱり住んでなさそうなところを探し出しているのだろう。国も地域もばらばらで、もっとちいさいころは朝起きて、ドアを開けたら全く違うところにいると気付くその瞬間が好きだった。
けれども、今はそれを楽しめることなどない。闇の鏡に帰る場所としてこの家を指定する度に「存在しない」と告げられるのは辛いものだ。
うかつに嵐に近寄って遠くまで流されたバカでのろまな人魚のこどもを拾ってくれたのはイドで、本来陸では生きられない人魚を救ってくれたのもイドで、僕にはイド以外はいないのに、イドだけがいつも僕にはもっと他の世界があるって言い続けている。
「イドの馬鹿! ただいま!」
急ぎ足で辿り着いた先で、いつだって僕を拒むことのない扉はあっさり開く。
「おかえり、アズィー」
青く燃える炎が振り向いて、自分がした仕打ちなんか忘れたように手を広げたので、僕は遠慮なくその腕の中に飛び込んだ。