01.明石国行
「あのこが懐いてくれないんだ……」
今日も、明石国行の眼前に座る同僚である燭台切光忠はひどく深刻な顔でそう告げた。
知るかボケと口をつきかけた言葉をどうにか飲み込んで、ついでに小皿に乗ったたくあんを食べる。硬いものを噛み砕く音がする間は、なんだかんだ育ちのいい相手はおとなしく口を噤むだろうという目論見通り、もそもそと己の食事に手を付け始めた。ちらりとのぞくだけでも、見栄えがしてバランスがいいとわかる弁当は自作なのだと何かの折に聞いたことがある。その料理の腕は顔に似合わずというべきか、それともたやすく想像できるというべきか迷うところだ。凝り始めたきっかけを知る身としては前者なのだが、社内では圧倒的に後者の意見が占めている。
顔がいいやつというのは得だなと己のことを棚に上げて国行は思う。
日替わりの魚定食を綺麗に腹に収めて流れるようにトレイを手に立ち上がると、向かいの光忠がじっとりと睨んできた。
「なんやの」
「僕、全然話聞いてもらってないんだけど」
「時間は有限やろ」
肩をすくめて返すと視線の湿度が更に上る。まさにそう言って飲み会その他あらゆる誘いを断る張本人は箸を噛み締めていないのが不思議なぐらいに恨めしげになるわりに言い訳を口にしない当たり、やはり育ちがいいなと思う。
「茶ァ取ってくるだけや」
そこにほだされて結局わかりきっている話を聞いてやる己のこともついでに自画自賛しておいた。
なにせ、相手は酒の一滴も入っていないどころか白昼の食堂だというのに、グダグダと絡んでくる様子が酔っ払い以外の何物でもないのだ。
「それで、すぐ隠れちゃうんだけど、どうしたらいいと思う?」
中を満たした湯呑みを両手に戻れば、弁当はすでに食べ終えたのかもとのように丁寧に包み直されていた。片方を光忠の眼前に押しやれば律儀に礼を口にしてから手を伸ばしてきた。
「そっとしといてやるしかないんとちゃうの」
「そうするとすごく不安そうにすぐ出てくるのがかわいそうで……」
どうもこうも懐かれてるな、と思う。言っても信じないので言わないことにしている。
「したら構ってやりゃええやろ」
「だから昨日は三びきのやぎのがらがらどん読んであげた。すぐ寝ちゃったけど」
十分じゃないか。
「よかったやないか」
だから、あまり真面目に聞きたくないのだ。