02.大倶利伽羅広光
「なあ、いまなんじだ」
このこどもは気づけば随分とおんぶ紐を使うのがうまくなった、と大倶利伽羅は思う。逃避である。読んでいた本を閉じて傍らに置き、今日も金色の瞳に決意を秘めているこどもに視線を落とした。
まっしろなこどもは大事なともだちでもあるくまのぬいぐるみを背負って、それ以外の大事なものを詰めたリュックサックを体の前で抱え込んでいる。これでは転んだら確実に顔から倒れるに違いない。本当に外に出るのなら肩掛け鞄を用意してやったほうがいいかもしれないなと考えていると、意を決した様にこどもが口を開いた。
「あのな、みつおそくないか? まいごなってないか? つる、むかえにいってもいいぞ。みつおそいからな」
光忠を迎えに行きたくてたまらないこどもは一息に言い切って不安そうにこちらを見上げてくる。かしこいこどもだ。この家に来てから一歩も外に出たことがないのに、外があることと、外に出たものが必ずしも帰ってこれるというわけではないことを覚えてしまっている。
ソファから腰を落としてこどもと目を合わせてから、両脇に手を入れて彼を抱き上げた。
「光忠はもうちょっとで帰ってくる」
座り直した膝の上に向かい合うように載せ、背中を叩いて落ち着かせようとして、もふっとした手触りに阻まれる。少し目を上げるだけでくまのつぶらな瞳にぶつかったので、諦めて素直にこどもの頭を撫ぜた。
「もうちょっとってどれぐらいだ。もうそらくらいぞ」
まどからそとみてたからな、とこどもが言う。額がかすかに赤くなっているのは窓に張り付いていたからなのだろう。すっかり日が落ちた外を見て、こどもを抱き上げたまま部屋を横切ってカーテンを閉める。
「定時がすぎてからだな」
「ていじってなんじだ」
正確な時刻を答えるかしばし迷ってから口を開く。
「光忠が帰ってくる時間だ」
「みつかえってくる?」
腕の中でこどもがぱたぱたと足を動かす。下ろしたらおそらくそのまま玄関に走っていくのだろう。冬が近づいて寒くなってきた此頃でそれを許すとあっという間に風邪をひく。
「だから定時すぎてからな。まだもう少しかかる」
「もうすこし……」
見るからにしょんぼりしたこどもの頭をぽんぽんと叩きながらソファにもとのように座る。
「あれは仕事が終わったらまっすぐ帰ってくる」
「うん」
比喩ではない。本当にまっすぐに帰ってくるのだがこどもにうまく説明できずにもう一度頭を撫ぜた。
通勤に時間を使いたくないばかりに、龍脈を移動のために個人利用している、というのはやはりどう考えてもうまく説明はできなかった。