それは眠りの形にも似て
三人目の審神者は一月と定めた喪の明けやらぬうちに、政府の一方的な通知を携えてやってきた。
部屋の主人が帰ってくる気配に気づいて、鶴丸国永は寝そべって目を落としていた書籍から顔を上げた。外つ国の風景を集めた写真集は新しいものが入ったからと少し前に大倶利伽羅が書庫から持ってきてくれたものだ。そのときに何処の国のものかも告げられたが、一度聞いただけでは忘れてしまった。アルファベットの羅列は鶴丸国永にとっては意味の取れるものではない。ただ、どうしても知りたくなったら読みたくなった本は辞書を片手にでも読む大倶利伽羅に聞けばもはや溜息をつかれることもなく教えてもらえることはわかっていた。
足音をさせぬままからりと襖が開かれる。
「早かったな」
着任したばかりの審神者に呼ばれていたのは、大倶利伽羅と和泉守兼定、同田貫正国の三振りだ。由縁も、打たれた時代も、ましてやこの陣営に来た時期さえばらばらで何一つ共通点のない彼らが呼ばれた理由は判然としなかった。常なら相手の部屋に入り込んでいても大倶利伽羅が帰ってくる気配などさして気にかけないのだが、つい顔を上げてしまったのはどうしても新しい審神者が持ち込んだものの詳細を無視できなかったからだ。
開いていた本はそのままに、ころりと転がって仰向けに近寄ってきた大倶利伽羅を見上げれば微かに眼を見張るのがわかった。隠すつもりは特になかったが、ばれたな、と思う。
だからか、それを待っていたというのに告げられた内容が咄嗟に頭に入ってこなかった。
「拵が変わるそうだ」
「――は?」
俄には信じられず、ちゃんと聞くためにころりともう半回転して、体を起こす
「太刀ではなく打刀の拵に明日の昼には変わるらしい」
明日の内番は馬当番だと告げるような平然とした態度のまま、大倶利伽羅が鶴丸国永が広げていた写真集を閉じて手渡してきたのでおとなしく受け取った。栞をと思わなくもなかったが、上の空で眺めていたからどちらにせよ再び開く時はまた最初からだ。
「……どうやって」
拵は長く使うものではない。相応に劣化して取り替えていくものだ。保管元では長いこと白鞘に収まっていたものも多い。使われぬ刀とはそういうものだからだ。今、それぞれの拵は記録に残されたものや、残っていたものを再現したもの、あるいは一から作ったものだと聞かされている。鶴丸国永や大倶利伽羅の拵えは新たに誂えられたものだ。
そして、太刀と打刀の違いは人にとっては拵の違いだけである。銘を刻む側も一定はしていない。拵でさえ打刀のように太刀を差すためのものも在る。刀は人が作ったものであり、人に扱われてはじめて用途が決まるのだ。
だから、拵をかえて太刀から打刀として扱われること自体は、さして珍しい事象でもない。
「さてな」
肩を竦めた大倶利伽羅は手にしていた飾り気のない拵の太刀を陣太刀台に掛けてから装備を解き始めた。柄を下にして立てるその掛台も明日には使われなくなる。
「理由も方法も特に説明はなかったと審神者は言っていた。明日の昼にもう一度喚ばれている。その時に変わるそうだ」
「そう、か」
抱えていた大振りな本を床に置いて、役に立たぬ腰下に期待せずにずりずりと腕の力だけで床を這う。暗い赤色の鞘は相変わらずつややかで明日には失われてしまうのかもしれないとはやはり信じがたかった。
「鶴?」
不思議そうに名を呼ぶ声に揺らぎがなく、どうして自分ばかりと反射的に考えてようやく喉につかえた違和感の正体に思い当たる。
「俺は、君の龍が隠されてしまうのがいやだ」
戦場でうつくしく泳ぐ鋼の龍は、表裏が入れ替わる打刀では佩き表から差し裏へと位置を変えてしまう。
――君の名が消えてしまいそうだ、と続けそうになった言葉だけは、必死で飲み込んだ。