拾い物は交番に届けましょう(燭一) 01
それは、色のついたものなど殆ど無い視界のなかで不思議なほど鮮やかに目を引いた。
§
ふっと意識が浮上するとともに強烈な光が瞼の上から己に降り注いでいることがわかって、それから逃れようとよじった体はうまく動かなかった。目を開けてはならぬと咄嗟に思うものの、あまりに眩しすぎて己の瞳孔に光が直接触れているのかいないのかもわからない。指先もままならぬ身でまぶただけが軽やかに動くとも考えづらく、なれば手足を拘束されているわけではなくただ何かしらの要因でもって麻痺しているのだろうと推測することは容易かった。
腕が動けば光をさえぎることができるのにとまず考えてから、そうではないと内心で首を振る。
己は戦場に打ち棄てられたはずだった。
刀剣男士化という、人の体を作り変える技術はこの戦争が始まってからの十数年で驚くほど進化した。最初は適性がなければ親和しなかったあれこれのシステムが、誰にでも適応できるようになったのも最近の話ではない。技術の進歩とともに希少だったはずの刀剣男士は数が増え、戦争初期には身体の一部が落とされたとしてもなんとしても持ちかえって修理を行っていたのに、今となってはそのメンテナンスを行うならば新たに刀剣男士を作り出したほうが早いしコストもかからなくなっている。この土地において人の命はひどく安い。練度も充分でないまま創りだされたばかりのこどもが戦場に出されては殺されていく。
「一期一振、起きたのか?」
唐突に鼓膜を震わせた声に体を起こそうとしてまた失敗した。頭の上に影がさして、自分が瞼を開けることができていたことを覗き込んできた金色の瞳で悟る。知った顔だった。
「……鶴丸国永」
動かないと思っていた唇はたやすく動き、喉から水分が足りないのかしわがれた声が出る。
白い髪に縁取られた綺麗な顔立ちはかつて同じ所に所属していたものだ。いつの間にか見なくなって、先程の己のように何処かへと棄てられたのだとばかり思っていた。
「ここはエリアDだ。エリアEにいったはずのがお前を拾ってこっちに逃げてきた。体が動かないのはあれこれ繋ぎあわせた余波で不用意にだめにされると困るからって工匠が言っていた。伝えたからな。おとなしく目を閉じろ」
「しかし、まぶし、くて……」
「閉じろ」
すっと目の上に影がさして、同時に意識が再び闇に落ちた。
§
いち兄、と呼んでこちらを慕うこどもの声が耳の底に残っている。
飛び道具を利用できないルールのもと、かつてどこかの国で作られていたという刀という片刃の剣で戦っているためかコードネームもその過去に作られていた刀の号などからつけられる。そのためか、名のもとになった刀の刀工や作刀地が同じであると兄弟や親戚のように一括りで扱われることがあるのだ。
己を兄と慕った弟達は繰り返し生み出され戦場で命を散らしていっていた。今もどこかで彼等は戦場に出ては死んでいる。それどころか、次の己がすでに天領で作られているのかもしれなかった。
ゆるりと浮上した意識は今度は何にも遮られることなく覚醒へとつながった。試しに動かした指先はなめらかに意のままに動く。そのまま腕を上げれば視界に見慣れた掌が入った。体を横たわらせたまま周囲を伺えば、たいていの病室がそうであるように壁も天井も真白く、照明の光を反射して目に眩しい。
「回路も皮膚もうまくつながったかな」
聞き慣れぬ声に視線をそちらへとやれば、白い部屋の中で一点の染みのように黒に彩られた男がそこにいた。右目も黒い眼帯に覆われ、左目だけが金色に光っている。
「痛みはないようです」
確かに落とされたはずの腕が皮膚がひきつれることもなく動くのは驚きだった。先の覚醒時の渇きもなく、声もすんなりと喉から出る。
捨て置かれた駒に随分と手間をかける、と思う。前時代に置いて、兵を捉えて情報を引き出すというのは常套手段だったと聞いたことはあるが、現代においてそれはまるで意味のないことだ。
戦わせるためだけに作られた道具に大事な情報を持たせないというわけではない。この戦そのものに、そうまでしないと得られないような情報がないのだ。