私だけを呼ぶ声

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おやすみお月さま

 ころり、と山姥切長義は布団の中で何度目かの寝返りを打つ。不毛だから数は数えていないけれど、そろそろ両手の指では足りないぐらいにはなっているはずだった。上掛けはとっくにぐちゃぐちゃになって体にまとわりついている。
 体も脳みそもひどく疲れているのに、眠りに落ちる事ができないというのは苦痛だった。人の身に施される拷問のうち、眠らせない、というのはかなりしんどいものだと耳に挟んだことはあったが、たった一夜でもその辛さが何となく理解できるような気がしてくるほど痛切に眠りたい。
 普段はこれほどに眠れないことなど殆どない。どちらかといえば、夜に眠るのは好きな方だ。
 けれど、こうして眠れなくなるときは顕現してから何度かあり、原因は特定していないが、解消する方法はとっくに知っていた。ただ、辿り着くのが面倒なだけだ。それでも、これ以上寝返りをうつのも限界だった。
 ずきずきと痛みを訴える脳みそと寝返りをうつことすら苦痛だと叫ぶ体をどうにか起こして布団から這い出る。流石にめまいが酷くて立ち上がれないので手足はついたまま、襖を開けて外縁に出ればそこには先客がいた。
「あ?」
 明るい月の下で、金色が光って思わず目を眇める。
 外縁では猫の呪いに侵されているからか、随分な宵っ張りの古馴染みが独りで盃を傾けていた。
 ろくに回らなくなった思考が手間が省けたというのに同意して、手足から力を抜いてそのまま寝そべる。
「猫殺しくん」
 力の入らない手でぺたぺたと板張りの床を叩けば、露骨に呆れた顔が返ってきた。
「なんだ、また眠れねえのかぁ」
 そろそろ夜は冷えるし風邪引くぞと、南泉一文字は勝手に山姥切長義の部屋から上掛けを持ち出して、這い出したせいで開けっ放しだった襖も律儀に閉めてくれる。あれこれ小言が多い割に気が回るのは彼の美徳だ。
「猫殺しくんこそ程々にしないと、朝に起きられないのではないかな」
「一合しかねえからすぐ終わる……にゃ」
 古馴染みは慣れた手でくるりと山姥切長義の簀巻きを作り上げる。
「いい月だろぉ」
 もとのように座り込んで、盃を片手ににやりと笑う南泉一文字の視線の先を辿れば、目がくらむような真円が天に輝いていた。
「まぶしい……」
 眠れぬまま暗闇の中で転がっていた身には刺激が強すぎて、慌てて目を閉じると、笑う気配とともに掌が顔に降りてくる。いつも山姥切長義よりもわずかに高い体温が心地よくて、痛みにこわばっていたところがゆるゆると解けていくようだった。
 視界が塞がれても怯えなくてもいいし、警戒しなくてもいい、絶対に安全な場所にいるのだとわかっている体と思考が夜の闇にとけていく。
「おやすみ、ねこごろしくん」
「おやすみ」
 あまりの眠さにもごもごとしか聞こえなかっただろう言葉がちゃんと届いていたことに満足しながら意識を手放した。
 月がこんなに明るいから、きっと悪い夢は見ない。

2019.09.19 | 床の下組(にゃんちょぎ) | Permalink

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